フランス人にとって隠れキリシタンは、日本人の霊的価値や信仰の強さに驚嘆し、霊威を抱かせるものだった
トリコロールと日の丸「親日」フランスの謎を解く(秀和システム)という本を読みました。
著者は竹内節子さん、画はじゃんぽ~る西さん。
世にも不思議な日本とフランスの相愛の秘密とその意味について語り、両者の関係から見えてくる「西洋世界」における日本の立ち位置についてあらたに探ろうとする本です。
この「はじめに」の文章を読んで、私が厚生労働省のがん対策・健康増進課長だったときのエピソードを思い出しました。
当時のがん対策・健康増進課は、地域保健室、保健指導室、栄養指導室の3室を有し、課員が50名以上おりました。
職種も、医系技官、歯科技官、薬系技官、看護技官、栄養技官、行法経事務官(キャリア)、事務官(ノンキャリ)、会計年度職員、地方自治体や企業からの出向者がいました。
職員が多すぎて、なかなか顔と名前を覚えることができません。
そこで、毎週金曜日の朝に30分早く出勤してもらって、自分はこういう人間で、現在の仕事はこんなことを担当しており、将来の夢はこうで、趣味はこんなことをしているという、自己PRをしてもらことを企画しました。
もちろん希望者だけで、強制はしませんでした。
発表する職員には、パワーポイントで15分間のプレゼンテーションをしてもらい、その後質問を受け付けるというスタイルで実施しました。
これにより、どういった人間が課に来ており、こういう仕事をやっているということが理解できてよかったと思っています。
課としての一体感の向上や仕事も多く進んだと感じることができました。
課の中で富士フイルムからの出向者がいました。
もともとフイルムの会社でしたが、フイルムが将来無くなることを想定したプロジェクトを進めてきたため、現在も生き残ることができたということを紹介していました。
一方、フィルムにこだわったコダック社は倒産しています。
フイルムをつかわないレントゲン写真は今は一般的ですが、富士フイルムはそうした医療機器をそうとう昔から開発してきました。
日本だけでなく、世界に輸出しているのですが、なぜかフランスで売れているというのです。「謎だ」と言っていました。
フランスはなぜか「親日」です。
日本発の柔道は人気があり、フランスは日本を除くと世界一の「マンガ」消費国です。
ワーキングホリデーで日本に滞在する若者の国籍で多いのは、韓国、台湾に次いでフランスが三番目です。
オーストラリアやイギリスからの若者よりも多く、アジアでもなく、英語圏でもなく文化や言語の違いが大きいことを考えると、フランスの若者の日本志向がうかがえます。

竹内さんは、日本の歴史に注目しています。
日本とフランスが国交を結んだのは、幕末のことで今からわずか160年ほど前のことです。
江戸幕府は、アメリカ、イギリス、オランダ、ロシア、フランスと国交を結びます。これが1858年の安政の5か国条約です。
このうちカトリック国はフランスだけでした。
安政の5か国条約では、日本国内の居留地での信仰の自由は認められていました。
長崎が開港され、大浦の海岸の外国人居留地には外国人の商人が進出しました。
唯一のカトリック国であるフランスのパリ外国宣教会は、ローマ皇帝から日本での布教と潜伏キリシタンの発見を任されていました。
フランス人の宣教師は、長崎で殉教した「日本26聖殉教者」の名前を冠した教会を建設することにしました。
16世紀末に豊臣秀吉の命令で長崎で処刑された26人のカトリック信者が、1862年にローマで列聖され、フランス中のカトリック教会が刺激されていた時期でした。
長崎の大浦に完成した教会は、外国人カトリック信徒のためのものでしたが、正面には漢字で「天主堂」と書かれていました。
めずらしい「ふらんす寺」を見物する日本人の中で、「隠れキリシタン」が名乗りをあげました。
このニュースはフランスに伝わり、大事件となりました。
250年間も隠れて信仰を紡いできたキリシタンが日本にいたという事実は、カトリックのフランスにとっては、日本人の霊的価値や信仰の強さに驚嘆し、霊威を抱かせるものとなりました。
浮世絵をはじめとして多くの日本の文化財が欧米に流出しましたが、パリ万国博覧会などを通して単なる異国趣味以上の憧れを定着させたのがフランスでした。
「ジャポニズム」はフランスから起こっています。

竹内さんは、安政の5か国条約を結んだ国で、日本と戦争をしていないのは、フランスだけだと指摘しています。
確かに、ロシアとは日露戦争、米英蘭とは第二次世界大戦で戦いました。
日本軍が仏領インドシナを占領していった頃にはフランスは日本の同盟国ドイツと協力するヴィシー政権下にありました。
仏印政府と日本はむしろ軍事的にも経済的にも協力関係にありました。
後に「自由フランス」が連合国に加わった後でも、日本は仏印政府を独立したものとみなして武力衝突を避けました。
仏印での最高戦争指導会議はたとえ「武力処理をしても、フランスと日本が戦争状態に入ったと考えない」という立場を明らかにしています。
戦後に「自由フランス」がインドシナを再び植民地化しようと戦争に突入した時には、敗戦国日本は当然関わっていません。
けれども、東京湾での降伏文書の調印式や、第二次世界大戦の「戦争犯罪」を裁く東京裁判には、フランスも連合国側として加わりました。
東京裁判のフランス人判事は、「死刑ありき」の法定に対して「英米のやり方が間違っている」と反対判決を残していると、竹下さんは述べています。

1919年に第一次世界大戦後にパリ講和会議が開かれます。
このときにアメリカ大統領のウィルソンが提案した国際連盟の創設が議論されました。
日本は戦勝国の一員として英仏伊とともに決議執行権を持つ常任理事国というステイタスが与えられました。
その「国際連盟委員会」で、日本が提案したのは、国際連盟の規約の中に人種差別撤廃を明記することでした。
規約には、武器取引や捕虜の扱い、ヨーロッパの少数民族保護などが盛り込まれていましたが、人種差別撤廃は日本からしか提案されませんでした。
特に反対したのは、イギリスで、オーストラリア、カナダなどの大英帝国自治領も反対しました。
イギリスのパルフォア外相らは個人的には理解するが、中央アフリカの人間がヨーロッパの人間と平等だとは思えない、日本はすでに常任理事国の仲間なのだからあ連盟規約前文に「各国民の平等及其の所属各人に対する公正待遇の主義を是認し」と入れる必要はないとしました。
16名の投票の結果、フランス代表、イタリア代表各2名、ギリシャ・中華民国・ポルトガル・チェコスロバキア・セルビア・クロアチア・スロヴァキア王国の1名ずつの計11名の過半数が半数しました。
イギリス・アメリカ・ポーランド・ブラジル・ルーマニアの各1名の委員が反対し、ウィルソンが、全員一致でないため不成立であると宣言しました。
国際連盟規約は1919年に採択され、翌年発効しましたが、日本はその後も人種差別撤廃の提案を続けました。
フランスは、投票の度に賛成票を投じ、いつか日本の主張が正しい日が来るだろうと報じられました。
フランスは植民地大国でしたが、フランスは人権宣言による普主義の理念を掲げている限り人種差別撤廃に表向きに反対することはできませんでしたし、すでにエリートの間に親日感情があったこともその姿勢をとらせたと、竹内さんは指摘しています。

1924年にアメリカで「排日移民法」が採択され、日米の関係は最悪となりつつありました。
第二次世界大戦に伴って、日系移民が強制収容所へ追いやられたことも、原爆投下もその延長だったと言えるだろう、と竹内さんは言います。
日本はドイツの同盟国であったとはいえ、自らも戦っている「人種差別」の一種であるユダヤ人殲滅作戦には同調しなかったし、フランスも、第一次世界大戦のような甚大な犠牲者を出すことをよしとしなかったペタン元帥が、ドイツの占領を許す停戦に踏み切るなど、「枢軸国」対「連合国」という単純な図式には収まらない経緯をたどりました。
第二次世界大戦下のフランス人の戦死者、特に民間の被害者の大半は、アメリカ軍による空襲によるものでした。
ノルマンディやブルターニュの港も町も、ドイツ軍の兵站に使われた鉄道や駅の町も、無差別に攻撃されました。
「アメリカ軍は攻撃対象の選別をしない」というのは既に知られていました。
アメリカ軍による爆撃や被害の実態を調査する記録が公になるのは半世紀以上後のことでした。
日本人はフランスに対しては、歴史の確執が圧倒的に少なく、「アメリカ軍による被害への恨み」まで潜在的に共有しています。
フランスが、ナチスからの解放という名目でアメリカ軍から自国が受けた被害に対して、公式の謝罪を求めることのないままでアメリカの支援によって経済復興に専念してきたのは日本と同じ事情でした。
うーむ。
竹内さんの歴史的な洞察は深いです。

フランスはカトリック国なのだと改めて知りました。
私は、モネが浮世絵を模写したことが、フランス人が日本に興味を持つことになったと思っておりましたが、隠れキリシタンの発見が日本とフランスとをつなげるきっかけになったのですね。
そういえば、日本がフランスから取り入れたものはたくさんあります。
度量衡の単位、警察、県、小学校、製糸、司法、美術、文学、料理、ファッション、フェンシング……。
天草の大江教会の司祭を50年間勤めて82歳で亡くなったガルニエ神父はフランス人でした。
なぜ、こんな地球の裏側の「不便な島」にフランスからわざわざ布教に来るのか不思議な気がしました。
カトリック国のフランス人の宣教師にとって、隠れキリシタンの住む地に来ることは、特別な意味合いがあったのだと分かりました。
