「日本医療の近代史」は26年もかけて妻に書いたラブレターであり、これを読むと医療の未来を知ることができる
日本医療の近代史―制度形成の歴史分析―(ミネルバ書房)は、日本の医療制度を知る上で必見の本だと断言できます。
この本をまとめるのに、15年もかかっています。
医療の歴史がふんだんにもりこまれており、どのページを読んでもためになります。
注釈を読むだけでも知識が増します。
筆者は宗前清貞先生。
本を出版したときは、関西学院大学総合政策学部准教授でした。
ちなみに私は、宗前先生とはお会いしたことはありません。
東京に出張したときに立ち寄った東京駅近くの丸善で立ち読みをした際に、「あとがき」を読んで、「医療制度とは興味と謎の尽きない、素晴らしい研究領域なのだ」とあるのに関心をもちました。
最後の最後に、保健師の妻に対して、「保健師という資格さえ知らなかった私が26年かけて書いた恋文として、本書を妻・多希子に捧げる」とあったので、6500円もする高価な本ですが、即購入しました!
「文を尊ぶ亡父・清一と母・千代子の子に生まれたことが人生最初の僥倖ならば、結婚相手を決めたことは自ら為した選択の最善だった」と書いている筆者の本です。
いい本であることは、間違いない!

さて、読み終えて、一言でいえば、「医療制度の形成とは何か」という問いを明らかにする本です。
医療制度については、「悪い」とか「遅れている」、「抜本的改革が必要」、「そもそも厚労省の医系技官が悪い」、と断言する本や人は山ほどおりますが、医療制度の根幹に迫った本は少ないです。
宗前先生は、医療は技術と制度の二面性を有し、両者の関係性が複雑であることを指摘しています。
この本は七章から構成されています。1980年代初頭までを分析対象としています。
第1章と第2章は、西洋と日本の医療について歴史的経緯を探索しています。
古代から近代初期までの医療は魔術的・思弁的な営みであり、19世紀中盤の爆発的発展によって医療は、「あてになる技術」へ転換します。
医療において衛生は治療自体と同等の重みがあり、転換期には公衆衛生も急速に浸透したし、また高騰した医療費を支弁する仕組みとして社会保障制度が構築されます。
このように近代医療は政府の存在が前提となっています。
さらりとした記述ですが、公衆衛生や社会保障制度について触れているところにセンスの良さを感じます。
第2章は、日本の医療史を扱っています。
日本の伝統医療は漢方であり、近世の医師は薬剤師を兼ねていました。
そのため明治期の近代化では医学こそ西洋化しましたが、医師の処遇は近代の遺制に影響されていました。近代化する日本では医療が内政と軍を支える重要な技術でもありました。
ミリタリー・メディスンのことを触れているところが憎いです。
第3章と第4章では、戦前と戦後の医療制度について記述しています。
昭和初期の社会情勢を反映して、医療制度は大きく変化しました。
社会全体の安定を図るために社会保険が開始されました。恐慌による農村の荒廃を救済するため様々な経済政策・農業政策が展開されましたが、その背景には軍国化の主力である農村を保護する軍部の意向がありました。
積極的な社会政策の導入によって、地方政府の機能は結果として拡大し医療も社会化しました。さらに結核と新生児の衛生が重視されたことで、衛生行政は質的な変化を経験します。
一方、第4章では、戦後日本の医療制度再建と再生が描かれます。急激なインフレーションや医師の余剰を背景として、健康保険制度が普及する追い風となった事情を明らかにしています。
第5章では、医療需要が急拡大した高度経済成長期が描かれています。
経済成長が生み出した余剰による医療需要増のみならず、それが社会的にもたらされたことが示されています。
医師たちは卓越した政治力を駆使する戦術家・武見太郎をリーダーとする医師会に団結し、医師会が成果を獲得したことで結束はますます強まります。
一方で、結核の克服による疾病構造の変化は、医療供給体制整備のミスマッチを生み、結果として医療の公営化を断念することになりました。
また医療供給内部でも、高度医療の中心として重要性が増す病院と、伝統的な診療セクターである診療所の関係に変化が生じ、内部の利益分断が顕在化していきます。
第6章は、高度経済成長期の医療政治の変化を扱っています。
戦後の工業化・都市化は政治を「左傾化」「福祉化」させ、それによって医療需要がさらに拡張されました。
従来、診療報酬決定過程は、医師会と厚生省の間で展開される圧力政治とみなされていましたが、より複雑な要素を取り込んだ過程として描かれています。
この時期には医育機関が拡張し、医療制度全体にどういう影響があったのも示されています。
第7章は、日本近代史上、ただ一度発生した保険医総辞退の過程とその後日談が描写されています。
保険医総辞退は、インパクトのある戦術であり、強力な圧力団体として日本医師会を印象づけました。
筆者は、保険医総辞退について、医師会の政治的力量を宣伝する一大イベントでしたが、その後の医師会の「落日」は、医療供給体制の連続的な変化の下に埋め込まれた構造的なものだったと指摘しています。

この本を読むことによって、日本の医療制度は、一夜にしてできたものではないことがわかります。
その時代の最適解をもとめて、悪戦苦闘してきた先人たちの努力の結果のつみかさねです。
「医療制度の抜本的改革」を叫ぶ人は、歴史を知らない人だと断言できます。
我が国の病院の多くは民間病院で、昭和30年代の病院建設ブームで建設されています。
これには、二つの背景があったと筆者は分析しています。
その一つは、「外科」を中心とした医療ニーズの拡大です。そのためには、手術室や完全看護病棟を備えた「病院」での対処が必要でした。
もう一つが、病院建設を促す諸制度、具体的には資金調達を容易にした上で開院後の経営を保障する仕組みが整備されたことです。
筆者は、民間病院の増加の要因を4つ挙げています。
①国民皆保険実現による医療需要が増大したこと
②医療法1950年改正による医療法人税制優遇が民間病院拡大を支援したこと
③医療機関への長期低利融資
④公的病院の病床規制
筆者は、医療機関の整備には、病院開設者の不安を除去する必要があり、その具体策は金融の拡大とライバル病床の抑制だったと、述べています。

2040年を目標年とした新しい地域医療構想では、患者の中心が85歳以上となると予測しています。
85歳以上の患者には、侵襲性の高い外科手術を積極的に行うことはそう多くないことが予想されます。
外科を中心とした医療ニーズの減少は、昭和30年代の病院ブームとは反対の現象が発生することが想定されます。
人口も減少していく中で、患者の減少や医療従事者の確保も困難になることから、病院の再編、集約化は必至でしょう。
過去の歴史を知ると、未来の傾向が予測できます。
「日本医療の近代史」は、過去のことが書かれていますが、実は未来を知ることができる本です。
さすが26年もかけて妻に書いたラブレターだと思いました。
