今の日本の医療体制は、歴史的ストーリーがあり、受療者と医療者の立場の違いや法に基づく合意形成で多面的に積み重ねられてきた構造物である
日本公衆衛生学会では、厚労省の迫井正深医務技監の講演がありました。
大変ためになる話でしたので、私の記憶に残ったものをご紹介させていただきます。

一言でいえば、今の医療界は「非常に厳しい状況」。
急激な物価、エネルギー費の高騰は国際状況の変化の影響がある。
目標としているのは2040年。
医療界と行政が対立するのではなく、一緒に考えるべきとき。
人口構成、疾病構造はゆるやかに、しかし着実に変化している。
「未来予想図」を考えて対応すべき。
これまでは2025年の団塊の世代が75歳以上の高齢者になる、ということでやってきた。
2040年を考えると、85歳以上の高齢者が増えることを中心に考える必要がある。
現役世代の急減も重要。
85歳以上が増えると、介護保険の要介護度の認定率は増加する。
死亡する人も増加する。
現実として病院だけでは受け止められなくなり、居宅で亡くなる人もいる。
ACPの考え方も出てきた。
85歳以上の高齢者のケア・ニーズを真剣に考える必要がある。
誤飲性肺炎、脳血管疾患、うっ血性心不全、尿路感染症、骨折などが典型的。
85歳以上の高齢者の手術件数は減っている。
優しい身体への負担が少ない治療へシフトしている。
例えば、がんは入院して外科手術をするのではなく、外来で治療するなど変化が見られている。
医療従事者は、85歳以上の高齢者のQOLを重視している。
従来の入院医療から、外来、訪問、在宅医療へとカルチャーが変わってきている。
85歳以上の患者が中心となる環境に対応するように、我が国の医療体制が自然に変わることができるだろうか?

現在の日本の医療体制は、明治期以降に少しずつ造られてきた。
富国強兵を目指す日本は、西南戦争後の財政的な問題もあって,医療は専ら民間の力を利用することで対応してきた。
日本は国民皆保険をとっている。
患者と医療機関の間では、窓口で自己負担分のやりとりがある。
しかし大方の医療費はバックヤードで保険者から支払われる。
世界的に見ると、日本の医療提供体制と財源はいいとこ取りである。
英国は国営、アメリカは民営。
日本は、医療提供体制は民間主体、費用は公的保険で全国民がカバーされている。
日本の国民皆保険制度の特徴は、
①現物給付、
②全国一律の値段、
③出来高払い、
の3つ。
このため、医療が先に提供され、料金は全国同じ、高価な認可薬が現場ですぐ使える。
診療報酬は、「最後の公定価格」とされ、2年に一回改定される。
中医協での改定の議論には最大のエネルギーを使う。
超高額薬の登場は脅威。
日本の医療提供体制の特徴は、
①フリーアクセス、
②自由開業・標榜、
③民間主体、
の3つ。
自由でフレキシブルであるが、デメリットもある。
コインの裏表の関係で、
コンビニ受診を生みやすい、
診療科のミスマッチが生じやすい、
強制できない
という問題もある。
病院は、民間が8割、公的が2割であり、新型コロナウイルス感染症のときに入院医療の強制はできなかった。
厚生労働大臣が命すれば、従うようにはできていない。英国とは違う。

今の日本の医療体制には、これまでの歴史のストーリーがある。
受療者と医療者の立場の違いや、法に基づく合意形成などで多面的に積み重ねられてきた構造物。
つぎはぎだらけの存在。
無理に修正しようとすると、トレード・オフの関係が崩れてもっと悪くなる可能性がある。
いきなり、英国のNHSのように公営にしろ、といってもできない。
例えば、都会の病院の診療報酬を上げたら、どうなるか。
医師が都会に集中して、地方が医師不足になり、今よりもっと悪くなる。
理想的なのは、プロフェッショナル・オートノミーで、折り合いを付けた統治(ガバナンス)だ。
こうした自由度の高い医療制度だが、関係者が理解しないまま、変革を実施すると絶対にうまくいかない。
過去に失敗した例は、電子レセプト請求、家庭医の例など、ゴロゴロと転がっている。
誰も厚労省のホームページを読んでくれない。
マスコミ報道で意図した切り取りの排除は困難。
報道された後に、厚労省は分かるように説明しろと叱られることが多い。

地域医療構想は、もともと現場の病院の病床でどのようなサービスが行われているのかを知るために始まった。
急性期、回復期、慢性期という病床区分はわかりずらかった。
しかし、2025年のマクロの病床数はほぼ予想通りとなった。
新しい地域医療構想は、2040年が目標。
「病床」単位から、「病院(法人)」単位の機能に変える。
入院中心だったのを、外来、在宅、介護まで。
「治す医療」から、「治し支える医療」へと拡大する。
ターゲットとする年齢も
「75歳以上」から、「85歳以上」にする。
これまでは医療計画が上位概念だったが、時間軸のある地域医療構想を上にもってきて、医療計画は下においた。
メインは病院機能。
地域の病院には、
高齢者救急を行う機能、
在宅医療を支援する機能、
急性期医療を支える機能
の3つがある。
広域的には、医師を派遣する機能、医師を養成する機能、高度医療を提供する機能の3つがあり、これは特定機能病院(大学病院)が該当する。
医療法改正を予定していたが、まだ法改正はなされていない。
新しい地域医療構想のガイドラインを作成している。
法改正が必要なものと、法改正しなくてもできるものがある。

医療の受給と供給の激変にフォーカスしている。
外科手術をレセプトデータで見ると、市場が縮小しているのは明らかである。
医療は、レセプトの枚数で決まる。
医療界の改革は、自主性にまかせるのか、規制的に行うのかのせめぎあいである。
当事者の自主的な取組が不可欠。
規制的に行うと、
自由が特徴の我が国では、
制度の穴を探すイタチごっこか、
我慢くらべのチキンレースになる。
社会の状況に応じた医療提供体制をどう実現するのか、会議体やインフォーマルな会合など、一定の統治に基づく自由な体制で議論を進めていく必要がある。
予防については、もともと発生した疾病の治療を行う費用を前もって集めて支弁することから発生した医療保険では、予防は保険給付の対象とはなっていない。
医療にくらべても予防は、マーケットとして広がりが乏しいが、予防は大事なものであり、別のパートで議論すべき。

外科医出身の迫井医務技監は、85歳以上の高齢者の手術が激減していることを指摘してます。
ノストラダムス松田先生に加えて、サージャリー迫井医務技監の講演は、大変ためになると思います。
