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ビートルズのプロデューサーは、カリブ海のモンセラット島にリゾートスタジオを作ったが、その理由が公衆衛生的だった

新田和長さんの「アーチィスト伝説 レコーディングで出会った天才たち」(新潮社)を読みました。

著者の新田さんは、音楽プロデューサーです。

早稲田大学に在学中にフォークソング・クラブ所属の「ザ・リガニーズ」のリーダーをされていました。

ヒット曲「海は恋してる」で東芝音楽工業から、シングルレコードやアルバムを出しています。

新田さんは、商学部に所属し、輸出マーケティングというゼミで、商社に入るための勉強をしていました。

レコードを出すために通っていた東芝音楽工業の高嶋弘之課長から、突然声をかけられました。

「商社に入って何をするんだ?」

「はい、テレビ、カメラ、自動車など、国際競争力のある日本の製品を、世界に輸出したいと思っています」

「馬鹿だなあ、ウチに入って、君が言うところの国際競争力とやらのある音楽をつくって、世界に輸出すれば同じことじゃないか!」

この言葉で新田さんは、ぐらッときます。音楽を輸出するという発想は、それまでの新田さんにはありませんでした。

「いいか、そのうち、姿、形のないものを輸出する時代が来る。芸能とか、芸術、文化とか」

決定的瞬間だった。まだ、ソフトとか、ハードという言葉もなかった時代に、先見の明とはまさにこのことを指すのだろう。僕はその場で高嶋さんに「お世話になります」と深々と頭を下げた、と新田さんは回想しています。

この高嶋課長は、日本でビートルズのレコード発売を決めた人で、日本におけるビートルズ初代ディレクターといえる人物です。

こうして東芝音楽工業に入社した新田さんは、さまざまなアーチィストを担当します。

ザ・フォーク・クルセダーズ
赤い鳥
荒井由美・松任谷由実
財津和夫・チューリップ
かまやつひろし・ムッシュ
長渕剛
寺尾聡
小田和正・オフコース
 などなど

新田さんは、英国でビートルズのプロデューサーをしていたジョージ・マーティンのところに行って弟子入りを果たしています。

マーティンには、世界中から弟子入りしたいという手紙が来ていましたが、彼は弟子は取らないと全て断っていました。

アポなしで彼のレコーディングスタジオに飛び込んだところ、マーティンが偶然いたのです。

あなたは新田さんですね?

マ-ティンから思いがけない言葉が発せられました。

秘書さんからさんざん、日本人の新田さんのことを聞かされていたそうです。

マーティンは、カリブ海の英国領モンセラット島にリゾートスタジオを作りました。

その理由が公衆衛生的です。

命懸けで音楽をやっている若い人たちの健康への配慮と、音楽の質を上げる制作環境のためでした。

スタジオと宿舎が一体になっており、じゅうぶんな睡眠時間を確保できます。

美しい自然に囲まれ、陽光を楽しんだり、プールで泳いだり、ときにはバーベキューに興じることもあります。

スティービー・ワンダーやマライヤ・キャリー、エルトン・ジョンなど、時間の制約から解放され、精神的なゆとりを取り戻して優れた作品を生んだアーチストが多くいます。

ところがこのモンセラット・スタジオは、ハリケーンとその後の火山の噴火で島全体が被害に遭い、アーチィストを呼べる環境ではなくなってしまいます。

マーティンは、自分の夢を誰か別の人に、別の場所で引き継いで欲しいと考え、新田さんに連絡をしてきました。

札幌市や北海道拓殖銀行の熱心な誘致もあって、1993年にマーティンの思いを継承するレコーディングスタジオを札幌芸術の森につくりました。

現在の「芸森スタジオ」です。
坂本龍一さんんが、生前にこのスタジオを大変気に入って使用していたそうです。

日本の都市の中で最もロンドンやニューヨークに近い北緯43度は、歌も弦楽器も打楽器も、透明感のある抜けの良い響きが」するとのこと。

菅田将暉さんやofficial髭男dismさんのようなアーチィストも気に入って使っているそうです。

やはりアーチィストは、健康が大事ですね。

私が厚労省健康局のがん対策・健康増進課長のときに、厚労省の健康大使を任命する仕事を担当したことがあります。

そのときに歌手の平原綾香さんにお願いしました。

スマート・ライフ・プロジェクトという事業の中で、地方自治体や企業の健康関連の表彰式をするときに、出席していただきました。

普段から健康に関して気を付けていることについてお話してくれました。

歌手として一番大事な「喉」を護るために、眠るときは口を封印しているとおっしゃっていました。

口を開けて眠った場合は、喉が乾燥して声が出なくなる場合があるとのこと。

さすがプロだと感心しました。

新田さんの本には、平原綾香さんも登場します。
Jupiterをめぐって編成会議がもめました。

新田さん、クラシックは売れないのです!

営業委託先のレコード会社の幹部から進言されました。

この曲は素材がクラシックでもJポップなんです。

新田さんは、「この曲はヒットするから発売させてくれ」と出席者に熱心に説きました。

最終的にJupiterは会議を通過します。

発売されたJupiterは、106万枚を超え、正真正銘のミリオンセラーとなりました。

ファーストアルバム「ODYSSY」も86万枚を超えました。


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