体験そのものをナマで書くのではなく、奔放な想像力でドラマに仕立てるべきと松本清張は言った
東京で買った松本清張の推理評論集を読みました。
切れ味が鋭く、ドキッとする文章が並んでおり、大いに刺激になりました。
自分で最も読みたい小説を自分で書くという気構えが欲しい。
これから出ようとする新人は、既成の作家以上の作品を書かなければならない。
現在、雑誌などに載っているような小説の水準では、絶対に成功しない。
新人は既成作家を圧倒する野心を持ち、新しい試みをしなければならない。
現代に題材を求めるなら、だれもが目をつけなかった分野を発見する必要があろう。
現在流行している傾向よりも正反対なものを選ぶべきだ。
人は常に流行の反対側に新鮮さを感じるからである。
新鮮な題材と的確な構成こそ読者を引っ張っていく要素である。
あなたには既成作家が持っていない人生経験があるはずだ。
自己の持っているものをテーマにして、それをふくらませるなり、他の物語に仮託するなりして構成しても十分である。
体験そのものをナマで書くというのでは必ずしもなく、それを奔放な想像力でドラマに仕立てるべきであろう。
また、あなたは絶えず新しい着想をえるための訓練をしていなければならない。
それにはユニークは観察が大事である。
あなたが最も面白いと思う小説を書きなさい。
それは同時に読者の共感をひくことであるから。
今の小説はつまらない、自分はこういう小説を読みたい、という希望をあなた自身が書いて充たすのである。

併せて、志村有弘・歴史と文学の会共編「松本清張辞典」(勉誠出版)を読みました。
松本清張の特徴は、森鴎外や坪内逍遥、泉鏡花など明治時代の文豪たちの人生に迫り、既成の伝記や文学史に揺さぶりをかけようとする作品が多いことだ。
資料を漁り検証していく事実の流れと、あくまでも小説として虚構に仕立てていく流れの間で、読者は実在の作者との不思議な出会いをしていく。
ということは、松本清張を描いてもいいはずです。

松本清張と吉川英治との関係は気になるところがあります。
吉川英治は、松本清張に会ったことを書いているが、松本清張は書いていません。
「半生の記」は、吉川英治の「忘れ残りの記」を相当意識していると思います。
松本清張は、昭和28年に或る小倉日記伝で芥川賞をとって、東京に出て来ました。
朝日新聞東京本社勤務をしながら小説を書きました。
昭和31年に朝日新聞を退社したので、2年7カ月は二束のわらじをはいていました。
松本清張にならって、宮崎での二束のわらじは3年間を目標にしよう!
そういうことで、3年間と設定しましたが、あっと言う間に過ぎ去ってしまいました。
あと3年延長して、65歳までには、きっと。
