ダイオキシン報道が原因で、遺言状に「孫の代まで新聞を取らぬ事」を明記した
環境庁にいたときは、某全国紙に相当ひどくやられたことがあります。
当時は、ダイオキシンの汚染が全国的に問題となっていました。
関東では、埼玉県所沢市のごみ焼却施設周辺の畑のダイオキシン汚染が、テレビで報道されて、社会問題化していました。
このため国会でもたくさんの質問が出されました。
環境庁でも人体の汚染状況を調べるように、国会で言われていました。
人体の汚染状況は、母乳中のダイオキシンは厚生省が実施していました。
これと重ならないように、ご遺体中のダイオキシンの汚染状況を調べることにしました。
東京都では監察医務院、大阪府では監察医事務所が、行政解剖を行っていました。
これに目を付けて、東京と大阪で計100人、男女別・年代別・臓器別に調べることにしました。
世界的に見ても、こうしたダイオキシンの人体汚染状況は画期的でした。
ダイオキシン対策で補正予算が付いたので、十分な予算を使うことができました。
専門家による研究班を設置し、その議論に基づき、計画をつくりました。
気になることがありました。

「同意」の問題です。
死体のダイオキシンの測定をする際に家族の同意が必要か、ということでした。
死因を調べる行政解剖では、遺族の同意は不要です。
研究班の委員の法医学の教授が言うには、死体の臓器中のダイオキシンの量の測定は解剖の一環なので、同意はいらないということでした。
この画期的調査は、某全国紙が知ることとなりました。
複数の新聞社に「死体から遺族の同意なくダイオキシンを測定しようとしている」と情報提供があり、それに某全国紙が飛びついたのです。
記者が、全国にいる研究班の委員のところを頻繁に取材して回っているという情報が届きました。
環境庁にもやってきました。
担当している私がいなかったので相当怒っていた、尋常じゃない怒り方だったと、部下の係長から心配の電話がありました。
取材のアポはなかったので、すっぽかしたら怒っても当然ですが、なんでそんなに怒っているのかは、意味不明でした。
しかし、初めて会って理由が分かりました。
名刺交換すると、いきなりけんか腰です。
「国民の税金を使った調査研究だ。我々も知る権利がある。どんな内容か言え!」
まるで、犯罪の取り調べでした。
すいません。実際には経験したことがないので、どんなものか知りませんが……。
研究班の委員長が、心配して環境庁にやってきました。
「取材に来た記者が、俺をなめている。クビにしてやると君のことを言っていた。あんなごろつきのような記者につきまとわれて大丈夫か?」
ごろつき記者とは、環境庁の玄関の前で、30分ほど言い争いをしたことがあります。
これはもはや「取材」と呼べるものではありませんでした。
運命の時がやってきました。

6月下旬の土曜日の早朝5時50分に課長から電話がありました。
「今朝の新聞に出ている。見たか?」
ファックスで送って下さいとお願いしたら、記事が大きすぎて送れないとのこと。
驚いて、近くのJRの駅まで走りました。
当時は駅に売店がありました。
新聞を見ると、一面と社会面の全部を使ったスクープ記事でした。
「ダイオキシン人体汚染調査、あせった環境庁、遺族の同意取らず」
ここまで大きく報道するとは。
次から次に、自宅に電話がかかってきました。
他の新聞記者の後追い取材です。
「記事の内容は事実か?」というものでした。
やまない電話に家族はおびえ、私はひたすら電話対応をしました。
記事解説と応答要領を作成して、FAXとメールで環境庁の幹部に送りました。
週明けに出勤すると、さっそく記事の件で電話がかかってきました。
ダイオキシンはどこで測定してくれるのか?
ダイオキシンの人の汚染状況を調べることはいいことだ。新聞報道に負けずにしっかりやってくれ
糾弾されると思ったら、まさかの激励の電話でした。
苦情の電話は一件もありません。
延長されていた国会でも全く叩かれませんでした。
しかし、この全国紙の報道で、研究は中止となりました。
予算が執行できなくなり、会計検査院に、経緯を説明に行きました。
この事件を契機に、遺言状に「我が家では孫の代までこの新聞を取らぬ事」を明記することにしました。

しかし、その後、作家の島田雅彦さんの小説「徒然王子」が連載され、我が椎葉村の鶴富姫と那須大八郎が登場したので、涙をのんで解除宣告をしました。
厚生労働省の審議官のときに、東京都監察医務院と大阪府監察医事務所を視察する機会がありました。
あらためて、環境庁時代にご迷惑をおかけしたことを謝罪しました。
新聞社には「遊軍記者」と呼ばれる記者がいます。
普段は所属先がないことから「遊軍」と言われます。
何か大きな事件が起きたり、スクープ記事の場合は、こうした遊軍記者が呼ばれて、特命で取材をするそうです。
日頃は組織には属さず、スクープ狙いの一匹狼なので、取材態度は激しいとのこと。
ダイオキシンの人体汚染調査の取材にやってきたのは、まさに遊軍記者でした。
そのほかにも思い当たることがあります。

私が富山県にいたときに射水市民病院で起こった呼吸器取り外し事件で、全国から集まった取材記者には、いろんなキャラがありました。
①記者会見の時間に遅れたので、院長室のドアを蹴って「取材させろ!」と大声で叫んでいた記者
②記者会見が終わった後に、病院のコンセントに勝手につないで、パソコンのキーボードを叩いていた記者。
夜になっても、病院の記者会見の場所から出ていきません。
③記者会見中は一番前に座って、罵詈雑言の質問をして、ヤジを飛ばしまくっていた記者
彼らは、遊軍記者だったと思います。
そのときに対処法を学びました。
①②は、器物破損・横領・住居侵入の疑いがあるので「警察に通報する」と言えば、退散します。
③は、会見場所にビデオを設置して、質問する記者に所属を名乗らせて、顔を撮影し、記者が所属する新聞社の本社に「取材態度に問題がある」と連絡すれば、おとなしくなります。
①②は県警の人から、③は法学部の教授からのアドバイスです。
射水市民病院で③を試したところ、ヤジ記者は消えました。
遊軍記者が全国から集まるような事件が起こった際には、試してみてください。いや、起こさないことが大事です。
射水市民病院の呼吸器取り外し事件のことは、改めて書きたいと思います。
