大学卒業後に労働基準局賃金時間部で初めてファックスを見たが、賃金時間部は今は消滅している
日経新聞の文化面に、東京学芸大学の布施英利教授の書いたエッセイがありました。
タイトルは、「キーボードが消える日」です。
私は「私の履歴書」は読むのですが、それ以外はほとんど読む事はありません。
布施教授は1960年の生まれで、私は1963年ですので、ほぼ同じ年です。
若い頃にファックスが登場して、いつしかファックスが姿を消したことを出だしに書いていました。
テクノロジーの進化で、新しい通信機器が登場してから退場するまでのサイクルは短く、その寿命は人の一生よりも短いとありました。
これを見て、同じ事を思いました。

私が大学を卒業して、労働省の労働基準局安全衛生部労働衛生課に勤務したときに、はじめてファックスを見ました。
しかも安全衛生部にはなく、となりの賃金時間部にあったので、わざわざ見に行ったのです。
今は、労働基準局の中に賃金時間部という部はありません。
「ファックス イコール 賃金時間部」という感じがして、布施教授のエッセイを最後まで読んでみました。
少し長いのですが、引用してみます。
PLAUD NotePinという音声入力に特化したAIボイスレコーダーは優れ物で、長々と喋り続けても、声を瞬時に文章に変換してくれる。
小指くらいのサイズなのでマグネットで服に付ければ手ぶらで文章が書ける。
散歩をしながらでも、作業をしながらでも、声さえだして喋っていれば、それで文章になる。
しかも最近のAIの性能はなかなかのもので、漢字変換もほぼ正確にしてくれる。
いま小さなAIボイスレコーダーを服に付けて、歩きながら文章を作っていくと、これはウォークマンの登場という革命に匹敵する、新しい文章の書き方の時代がやってきたのかもしれない、と考えたりもしてしまう。
そんなAIボイスレコーダーを身につけて、手ぶらで喋っているだけで、それが文章になる。
実際にやってみて、文章を「執筆」している、その自分の姿を見ると、文章を書くという光景が、かつてとは一変してしまっていることに気づく。
じつはこの文章の原稿も、書いたのはキーボードでなくAIボイスレコーダーである。
はじめに原稿の内容を声で話して、文字になった文章に手を入れて原稿は完成した。
この程度の長さの文章なら、散歩しながらでも、寝転びながらでも、喋れば文字化される。
これは「声」によって書かれた文章なのだ。
喋りながら、それがそのまま文字になると思うと、話している自分が奇妙な感じになる。
これまで体験したことのない感覚だ
こんな風に文章を「書いてみ」みたりすると、キーボードが消える日も、さほど遠くない未来なのかもしれないと思ったりする。
文章を書くという行為は、新しいステージに入りつつある。

実は、私は最近、同じ会社から出ている PLAUD NOTE というAIボイスレコーダーを買ってみたのです。
小指ほどの大きさではなく、ほぼ名刺大のカード型のものです。
これをつかって会議や講演を録音してみたところ、たちどころに文章化してくれました。
修正するためには、キーボードが必要ですが、テープ起こしに苦労した経験があるので、その威力をまざまざと感じました。
同じ時期に同じ感覚を持った人の記事をみていたく共感しましたので、ハベレオ通信で紹介をしてみました。

先日、宮崎大学医学部で地域枠の全体会合がありました。
1年生から6年生まで200人以上が集まり、県立日南病院木佐貫副院長と日南の市民医療サポーターズの皆さんの声を聞きました。
そのときも録音したところ、ただちに文章化され、数日後に宮崎大学に写真とともに提供したら、大いに感謝されました。
働き方を変えると思いました。
AI恐るべしです。
