海援隊の「母に捧げるバラード」はヒットする筈である。当時のフォークとは全く違う
ラジオで、武田鉄矢さんの今朝の三枚おろしを聞いています。
武田鉄也さんの話では、ロシアに迫害を受けたウクライナ人は満州国にもたくさん来たそうです。
満州国は五族共栄を掲げました。
五族とは、満州人、漢人、モンゴル人、日本人、白系ロシア人。
白系ロシア人とは、ウクライナ人のことを言います。
ルーズベルト大統領は、スターリンに南樺太(サハリン)や千島列島をあげると言いました。
またウクライナもソ連にあげると言っています。
スターリンは、戦後にサハリンや千島にウクライナ人を移住させます。
サハリンから、日本に逃れてきた男がいました。
そして北海道で日本人と結婚します。
生まれた子供が、あの大横綱の大鵬です。
大鵬の子孫の王鵬が今、幕内にいます。
「王鵬がんばれよー」と武田鉄矢さんが応援していました。
「俺に金があれば、化粧まわしを贈るんだが」
「どんなものを?」
「もちろん青と黄色、ウクライナだよ!」
ウクライナは日本の身近にありました!
ともにロシアの近くにあって、ロシアと対立してきた国だったことを知りました。
「朝の三枚おろし」を聴くと、わずかな時間で、知識と教養が身に着きます。
将来、椎葉村で開催する私のセミナーで、武田鉄矢さんのようにわかりやすく面白い話ができれば、リピーターが現れるかもしれないですです。
武田師匠、おいどんはついていきますぜ!

一日中、原稿を書きました。
机の前に座っていたのは、13時間くらいでした。
松本清張が、光文社の編集者だった櫻井秀勲さんに「作家になりたけければ、一日17時間机に座って書け」と言いました。
それは無理だと答えたら、「それなら13時間にまけてやる」と言いました。
この松本式第二水準の13時間は、あまり苦にならなかったので、やはり向いているのかも!
書きながら、スマホで70年代の歌謡曲を聞きました。
小学・中学・高校時代にヒットした歌です。
その中に海援隊の「母に捧げるバラード」がありました。
ヒットした理由が判ります。
グループ名の「海援隊」がまず不気味です。
なんだこれ?と思わせる。
坂本龍馬ファンでなければ、わからない。
ほとんどが博多弁の語りとなっています。
内容が小学生の頃からバカ息子で、タバコを吸っていたとか衝撃的な内容です。
怒って説教ばかりしていた母が最期に許します。
あんたがいなくなってもなんもさみしゅうなか、と絶妙の台詞。
「鉄矢、働け、働け、働きぬいて」と「働く」を三度繰り返します。
故郷棄てて出ていくからには、輝く日本の星となれ、と励ましました。
最後に、唯一の曲でしめます。
今も聴こえるあのおふくろの声
僕に人生を教えてくれた
優しいおふくろ
これは、ヒットするはずです。
当時のフォークと全く違います。

海援隊は、紅白歌合戦に出ました。
次が続きませんでした。
よくある「一発屋」で終わったかもしれません。
翌年の大晦日は、バイト先で紅白を見ていたと聞きました。
しかし、金八先生の「贈る言葉」で、見事に紅白に復活を果たしました。
武田鉄矢さんは、詩人としても超一流だと思います。
勝手に「師匠」と呼ばせていただきます。
