市民の皆さんの活動に、医療者側も巻き込まれて、これからも一緒に地域医療のクロニクルを作っていきたい
宮崎県の美郷町で開催されたみさと地域医療塾では、宮崎県北の地域医療を守る会の話を聞きました。
講演されたのは、事務局長の福田政憲さんです。
2009年1月に、県立延岡病院で医師6人が大量退職したという記事が活動のきっかけになったそうです。
この事態を、津波や洪水に遭った災害と同じと捉え、日常的な生活が脅かされる危機として認識しました。
延岡市と共同歩調を取りながら活動を開始しました。
災害からの復旧・復興という考え方に基づき、活動の道筋を立てました。
復旧作業の一環として、近隣市町村の住民も巻き込んた署名活動を行い、15万筆の署名を集めました。
この署名を持って、宮崎県が大学に働きかけを行いました。

医療を守るためには、住民が単なる医療サービスの受給者ではなく、公共的な活動を通じて自分のこととして、意識改革する必要があると認識しました。
活動のスローガンとして、延岡市で地域医療を守る条例を制定しました。
条例は、市(行政)、医療機関、市民の三者の責務を明記しました。
市民の責務は、以下の4点です。
①かかりつけ医を持つこと
②適正な受信(コンビニ受診をしない)
③医療従事者への信頼と感謝を持つこと
④健康診査の積極的受診と自己の健康管理

この条例には罰則規定はありません。
市民参加による運動として位置づけられています。
条例制定と市民運動の結果、県立延岡病院の時間外患者数が、当時の約1万人から約5千人に半減しました。
医療従事者への信頼と感謝を伝える活動として、子どもたちによる医師へのありがとうカレンダーを作成して、クリスマスプレゼントとして贈っています。
3月に異動で去る医師には感謝の手紙を、4月に新たに着任する医師には歓迎の手紙を送っています。
地域医療を守る活動から、日頃から健康であることが大切という考え方にいたって、健康長寿の市民活動も開始しています。

県立延岡病院の金丸先生からコメントがありました。
金丸先生が救急医療センター長になってからは、時間外は4500人ほどだそうです。
内訳は、救急車が3000台、軽症で歩いてくる人が1500人ほど。
1万人来ていた時代は、歩いてくる人が6千人くらいいました。
軽症者が減って、周りの医療機関を使っていただいているという効果の現れだと思います。
この結果、病院内での教育に時間をさけるようになりました。
余裕が生まれ、学生や研修医への指導が十分にできるようになりました。
つまり、市民の方が参加していただいた地域医療を守る会の活動により、その考え方が浸透することによって、医療者側にも余裕ができて、良い教育ができるようになったのです。
市民の皆さんの活動に、医療者側も巻き込まれて、これからも一緒に、地域医療のクロニクルを作っていきたいと思いました。
まるで相聞歌のようでした。
いい話を聞いたと思いました。
巻き込み、巻き込まれて、地域医療は成長していくのだと感じました。

