国会議員のパリ視察のSNSで、保育器の由来を書いたら炎上しなかった
1870~1871年にプロシアとフランスが戦った普仏戦争では、フランスが屈辱的な敗北をしました。
当時、フランスでは
乳児死亡率が千人当たり150~200と
高い状況でした。
原因は、予定日よりも
1~2か月前に生まれた未熟児が多かったことでした。
正期産の新生児は、
体温を維持するための
褐色細胞を持っていますが、
未熟児には少なくて、
それによる低体温が問題でした。
普仏戦争の敗北をきっかけに、
国がかかえる様々なことを
見直すことになりました。
フランスの高い乳児死亡率が、
政治的な問題に浮上します。
そうした中で、
フランスの産科医のタルニエは、
パリの動物園で見た
ニワトリのふ卵器を思い出しました。
ふ卵器のように未熟児を温めるようにすれば、
低体温症を防ぐことができて、
乳児死亡率も改善できるかもしれない
と考えました。
ふ卵器をヒントにして、
湯たんぽを入れた保育器に未熟児に入れて、
母親の母乳を与えました。
タルニエの保育器で、
2000グラム以下の低体重児の死亡率が、
66%だったものが
38%へと改善しました。
保育器は評判となり、
ヨーロッパ中に広まり、
海の向こうの米国にも伝わりました。
保育器は、
広く公衆の注目を集めた
最初の「医療機器」と言われています。
私は厚生省の母子保健課に勤務していたときに、新生児医療も担当しておりましたが、
保育器の由来については全く知りませんでした。
防衛省に異動して、
軍陣医学の歴史を調べたときに
初めて知りました。
まさか、
ニワトリの孵卵器を参考に
保育器を作ったとは思いませんでした。
これこそワンヘルスの例でしょうね。

フランスでは、
宿敵ドイツ(プロシア)との戦争に負けて、
高い乳児死亡率が
医師や政治家の関心事項になりました。
乳児がたくさん死ぬということは、
フランスという国を支える
労働者と兵士を奪う社会問題だと捉え、
それを改善させるために
どのような工夫をするかを
考えるようになったのです。
フランスは、
フランスに生まれた人にはフランス語を教える、フランス語をしゃべる人はフランス人、
という強烈な国家意識を持った国です。
今も人口問題には、どこよりも敏感な国です。
世界は、
現在の日本が抱える最大の問題は「人口減少」
だと認識しています。
とりわけ労働力の減少が、
日本が直面している大きな壁だと捉えており、
今後日本が発展するか衰退するか
注意深く観察しているのです。
我が国では、
人口減少の問題については
他国と比べて、まだまだ認識が薄い
ように感じています。
とりわけ医療界、特に大学医学部では、
ほとんど認識されていない
のではないでしょうか。
現在の病院の病床数は、
「1970年代の医療モデル」
のままに据え置かれています。
この頃は、
人口は増加し、
診療科は細分化され、
病床は増加し、
医療従事者の確保は容易でした。
しかし現在の「2025年の医療モデル」では、状況は全く変わってきています。
人口は減少し、
総合診療医のような診療科の統合が行われ、
病床機能に応じた病床数の適正化
が進められています。
さらに
在宅での医療の提供や、
オンラインによる診療も
可能になりました。
問題は、
医師の確保が困難になっていることです。
さらに、
看護師などの医療従事者の確保も難しく
なりました。
人口が減ることは患者が減ることです。
小児科医や産婦人科医が不足しているのは、
出産数が減ったからで、
よく考えると至極当然のことです。
患者が減少しても、
病床数を減らす病院はほとんどありません。
しかし、
その病床数を確保するためには、
看護師の確保が必要です。
地域における人口の減少は、
こうした地域医療に従事する
医療スタッフの確保を困難にさせます。
医療界、特に大学医学部でも人口減少に応じて、
今の体制がいいかどうかを
真剣に考えるべきでしょう。
ワンヘルスの話をするはずが、
さながら「地域医療構想」のような話に
なってしまいました。

フランスを視察に行った国会議員がいました。
狙いはよかったと思いますが、
エッフェル塔など、見るところを
間違えてしまって、炎上してしまいました。
SNSに、
パリでふ卵器から保育器ができた
という誰も知らない話を書いておけば
「さすが!」
と思われ、炎上しなかったかもしれません。
つまり、公衆衛生の知識があれば、
危機を免れることができた
可能性が高いのです。
公衆衛生は、危機管理であり、最強の学問です。
