糖分を酵母菌が食べると、その糖分が炭酸ガスとアルコールに変わる。それが酒である
公衆衛生学的に酒とは何ぞや、ということを探求したいと思っていました。
そんな中で、バーテンダーの林伸次さんの「マスター、お酒の飲み方教えてください」(産業編集センター)という本に出会いました。
なかなか分かりやすく酒を解説しており、長年の謎が解けました。
すべての公衆衛生人に向けて、この本の解説をさせていただきます。
そもそも酒とは何なのか。
林さんは、いとも簡単に解説しています。
糖分を酵母菌が食べると、その糖分が炭酸ガスとアルコールに変わります。それが酒です。
これを式で表せば以下のようになります。
酒の方程式 : 糖分 + 酵母菌 → 炭酸ガス + アルコール
ワインの場合は、糖分(ブドウの実) + 酵母菌(ブドウの皮にいる) → 炭酸ガス + アルコール
アルコールがワインで、炭酸+アルコールがスパークリングワインと呼ばれます。

人類が最初に飲んだ酒は、不明ですが、おそらくは蜂蜜の酒だと言われています。
蜂蜜がどこか木のくぼみに偶然にたまって、そこに雨が降ってきて自然に蜂蜜水となりました。
酵母は空気中に自然に存在していますので、その酵母が蜂蜜水の糖分を食べて、酒になったものを人類が偶然に飲んで、良い気分になった。
酒はかように、様々な地域で偶然に発見され、世界中にはいろんな酒の文化があります。
モンゴルでは、馬乳酒というものが発明され、飲まれています。
馬乳は糖分が入った液体です。
それを酵母が食べて、アルコールと炭酸ガスになりました。
なぜ人類の先祖は酒を飲むようになったのか。
アルコールは麻酔薬の一種だと考えられます。
特別な化学構造ではなく、簡単に水に溶ける物質で、脳に入りやすく麻酔薬になります。
脳の中の大脳新皮質という人間の精神活動をつかさどる箇所は麻酔にかかりやすく、一方、生命を保つのに必要な旧皮質の方は麻酔にかかりにくい。
酒を飲み始めると、まず大脳新皮質の方が麻痺します。
大脳新皮質は、意識や認識、思考や創造性といった人間らしい感覚をつかさどる脳の部分です。
理性的になろう、ちゃんとしていようと思う箇所です。
ここがボンヤリしてくると、かわりに本能や欲望のままに生きろというそそのかす旧皮質が表舞台に登場します。
この部分は種族を保存したいという性行動をつかさどっていて、ここが前に出てくると、性的な気持ちになったり、目の前の人と仲良くなりたいという気持ちになったりします。
実験では酒を飲むと目の前の異性をより魅力的に感じることも分かっています。
人間は脳が常に誰かと仲良くなりたいと考えているようで、酒を一緒に飲むと仲間になったような感覚になります。
理性的であろうという脳の箇所は麻痺していますので、明るくなったり大声になったりします。

「死因の人類史」の作者のアンドリュー・ドイグさんは、ワインの発祥について述べています。
人類がいつからアルコール飲料を飲み始めたのかはわかっておらず、また何から作られた酒を飲んでいたのかもわかっていない。
だが、ワインの原産地ははっきりしている。現代のワイン用ブドウ種の祖先であるユーラシア産の野生のブドウは、いまでもトルコ東部やアルメニア、ジョージアに自生している。
ここに移動してきた人類は、たくさんの実をつけた野生のブドウを見つけた。
熟した実は木の容器に入れられた。
容器のブドウのことなど忘れていた人類は、数週間後、容器の底に赤く濁ってドロリとした液体があるのに気がついた。
勇気を振るって誰かがおそるおそるひと口飲んでみると、これが実にうまい。
生の果汁より美味なだけではなく、心地良い穏やかな気分になれる。
残念ながら、このときの偶然の発明でできたワインはわずかな量だったが、来年この場所に戻ったときには、さらに実験を行おうと背中を押すには十分だった。
現在では、大量のブドウを意図して容器で寝かせ、何百リットルものワインを熟成させてからボトルに小分けにしている。
人類はこうして初めて大量のアルコール飲料を手に入れたのだろう。
酒に酔うことがどんなものか知るまであまり時間がかからなかった。
飲んだ人は幸せな気分になり、社交的になった。
おしゃべりが増えて、火を囲んで歌ったり踊ったりする。
だが、飲み続けるうちに悪い癖も出てくる。
ある者は攻撃的になり、ある者は抑えが利かなくなる。
嘔吐する者がいれば、酔い潰れる者もいる。
翌朝、一同みな二日酔いに見舞われて二度と飲まないと誓うが、幸いなことにそんな誓いはすぐに破られて宴会は続く。
数週間後、残ったワインは空気に触れて酸化して酢に変わっている。
少量なら料理と酢は相性がいいが、ボトル1本は飲みたくなどない。
来年新しいワインができるまで、次の宴会は待たなければならなかった。
時間と試行錯誤を重ね、ワイン造りにさらに磨きがかけられていく。
容器を密封すれば酢に変じるのを遅らせられる。
今度はブドウをわざと潰して果汁を搾り出してみた。素足で踏みつけるのが伝統的な方法だ。
ほかの種類のブドウを使ったり、混ぜたりもしてみた。
イラン西部のゴディン・テペ遺跡から出土した素焼きの甕には、発酵の際に生成される酒石酸と、赤ワインの色のもととなるアントシアニン色素が残留していた。
甕はワインを醸造するために造られたもののようで、二酸化炭素を逃がすのに適した小さな穴があり、空気をあまり取り入れない構造になっていた。
これらの甕は5000年前のものだ。
さらに古い時代でもワインが造られていた痕跡が、シチリア島やアルメニアで出土した陶器の破片から見つかっている。

林さんによると、ワインが世界に広がった理由は、キリスト教が儀式に採用したからだそうです。
イエスが最後の晩餐で、「パンは私の体を表す、ワインは私の血を表す」と言って、パンとワインを飲食するように命じました。
弟子やキリスト教徒たちが、ミサでパンとワインを分け合う儀式としました。
世界中にキリスト教が広がるときに、ミサにワインが必要となりました。
そのためキリスト教が信仰されているところの多くの地域で、ブドウが栽培され、ワインが醸造されることになりました。
日本にも、戦国時代にキリスト教と一緒にワインが来ています。織田信長もワインを飲んでいます。
しかし日本ではキリスト教が禁止となったので、ワインは根付きませんでした。
特に江戸時代は、ワインはバテレンの宗教の象徴とみなされ、輸入が厳しく制限されました。
江戸時代の貿易相手は、オランダと中国の二カ国でした。オランダはプロテスタントであり、儀式にワインを重視しませんでした。
ワインの流入はストップしました。
江戸時代には、既に日本酒の醸造技術が高度に完成されていたので、あえて難しいワイン造りに挑戦する経済的な動機もありませんでした。
薬用や献上品としての利用はありましたが、日本では明治以降の欧米化と、戦後の食の洋風化を経て、ようやく現在のワイン文化の花が開いたといえます。

ちなみに私が好きなスパークリングワインは、五ヶ瀬ワインの「樹樹」です。
そもそもスパ-クリングワインとは、ワインに炭酸を混ぜるものだと思っておりました。
糖分 + 酵母 → 炭酸ガス + アルコール の方程式で、スパークリングワインが出来るとは知りませんでした。
こうしてできた酒は、醸造酒といわれています。
醸造酒のアルコール濃度は14%くらいです。
これを越えると、アルコール自体に殺菌作用があるので、酵母菌が死んでしまいます。
人類は、もっとアルコール濃度が高い酒を求めて努力を重ねます。
火であぶって蒸発させて、冷やすと、濃度の高いアルコールができます。これが蒸留酒です。
アルコール度数が高く、さらに腐らないので、長期保存ができました。
酒は、醸造酒と蒸留酒の二種類があります。
アルコールを知ることは、公衆衛生です。
