お茶を誰と飲むかで、運命が変わる
「三杯の茶」という有名なエピソードがあります。
戦国時代のファンなら、たぶん知っています。
豊臣秀吉が、鷹狩りの帰りに近江伊吹山の観音寺に立ち寄りました。
雑用を営む寺の小坊主に、お茶を所望しました。
小坊主は、最初に大きめの茶碗にぬるめのお茶を淹れて出しました。
次に、一杯目よりも小ぶりの茶碗にやや熱めのお茶を淹れて出しました。
そして最後に、小さな茶碗に熱いお茶を淹れて出しました。
秀吉は考えました。
喉が渇いているだろうから、最初にぬるめのお茶をたっぷり出した。
次に、ゆっくりと休んでもらおうと、やや熱めのお茶を出した。
最後にお茶の味を存分に楽しんでもらおうと、熱いお茶を出した。
秀吉は、和尚を呼んで、このお茶を出したのは誰だと聞きました。
和尚は、小坊主がなにかしでかしたと勘違いしました。
和尚は、恐縮して平伏しました。
「すべて小坊主がやったことでございます。ご無礼があったのならば、なんなりとお申し付けくだされ」
と謝りました。
秀吉は、和尚に言いました。
「ならば、この小坊主を当家で召し抱えたい。異存はないな」
和尚は驚きました。
秀吉は、寺の小坊主のきめ細やかな気配りと、
深い心遣いにいたく感激したのです。
小坊主を家来として迎え入れました。
この小坊主は、後の、豊臣政権の五奉行の一人、関ヶ原の戦いで徳川家康に立ち向かった石田三成でした。

石田三成が参加したお茶会のときに、
ハンセン病の大谷吉継もいました。
茶椀を回し飲むときに、
大谷の後の武将は、
茶碗に口を付けずに飲むふりをしました。
ただひとり、
石田三成は、お茶を口に含んで飲みました。
これを見た大谷は、
石田三成と運命を共にしました。
関ヶ原の戦いでは、
最後まで石田三成を守り抜き、自害しています。

お茶にはさまざまなエピソードがあります。
茶道の開祖は、千利休といわれています。
400年の歴史しかありませんが、
その道は深く、尊いものがあります。
お茶ひとつで運命が変わるかもしれません。
いや、お茶を誰と飲むかで、運命が変わるのだと思います。
「茶」の大和言葉はありません。
漢字の音読みのみ。中国から渡ってきました。
茶(チャ)は世界に通じる言葉です。
英語ではなまってティーになりましたが……。
最後に、
岩館真理子さんの漫画「チャイ夢」は名作です。
我らが東村アキコ先生も
岩館真理子さんをリスペクトしています。
恐縮です。
お茶の写真が一枚もありませんでした。
酒なら売るほど……いや、ないです。
