人間が生まれてくるのは、必ず死ぬためであり、あらゆる宗教も、人間の老いと死を考え抜いた結果、生まれている
瀬戸内寂聴さんの「老いも病も受け入れよう」(新潮社)を読みました。
94歳のときに書かれた本です。
瀬戸内さんは、大正11(1922)年生まれで、亡くなったのは令和3(2021)年で、99歳です。
大正、昭和、平成、令和の時代を生きて来た、まさに「歴史の女性」です。
冒頭は、「人間が生まれてくるのは、必ず死ぬためです。」とありました。
こ、これは誰も反論できない、真理!
人の死亡率は100%!
あらゆる宗教も、人間の老いと死を考え抜いた結果、生まれています。
それでも人間は、必ず襲い来る老いと死に脅え、恐れ、厭わないではいられません。
そして、いきついた瀬戸内さんの結論は、「持ってうまれた人間の運命なら、老いも病も死も、受け入れよう」ということです。
本を読んで、瀬戸内寂聴さんの凄さを、改めて思い知らされました。
登場してくる人物がビック過ぎる……。
登場人物をご紹介させていただきます。

里見弴
94歳で亡くなるまで、美しい肌をしていたそうです。
里見先生からは、顔を洗う時は冷たい水ですすいで顔を叩くとシワができにくいと教えてもらい、ずっと続けている習慣となりました。
隣の家に叩く音が聞こえるくらい、痛いくらい叩くのが良いと言われました。
宇野千代
88歳の米寿のお祝いの会で、お風呂に入っている上半身ヌードの写真を撮らせて舞台の壁一面に映し出して、それはそれは美しかったそうです。
宇野千代さんご自身が「ヴィーナスのようだ」と仰られたので、驚愕しました。
宇野千代さんは大物です。NHKの朝ドラのモデルになるとのこと。
作家希望の私は、宇野千代さんの毛布で寝ていますので、もしかしてあやかれるかも。
荒畑寒村
里見弴さんと荒畑寒村さんから、「作家は牛肉を食べないと頭が悪くなる。少しでも良いから毎日食べるように」と教えてくれました。
里見さんは94歳まで、荒畑さんは93歳までお元気で、亡くなるまで頭もボケませんでした。
美輪明宏
家の中になるべく鏡をたくさん置いて、その前を通るたび、鏡の中の自分を見ることがいいと言われました。
鏡をみるたび自然にニッコリ笑う、それが美貌の元だと教えてくれました。
志賀直哉
瀬戸内さんが25歳で出版社に勤務していたときに、胆のう結石で治療を受けた診療所には胆石専門の医師がいて、玄関脇の待合室にガラスケースに摘出した胆石が展示されていました。
その中に「志賀直哉先生御石」と書かれてある石があって驚いたそうです。
小説の神様の胆石は、大きくてブローチにしたいようなものでした。
その頃、瀬戸内さんは、小説家になりたいと志していたので、志賀先生と同じ医師に胆石を取ってもらったなんて、これは幸先がいいわ、と喜びました。
このエピソードは、「医師」と「石」と小説家になりたいという「意思」が重なり合って面白いと思いました!

大庭みな子
脳梗塞で倒れたあと、リハビリをいやがっていたそうです。
大庭先生は、優しいご主人がいて、彼女のために何でもしてあげたから、甘えてわがままを通して、それでよかったかもしれません。
でも瀬戸内さんには、車椅子を押してくれる男も、食事を作ってくれる男も今はいないので、とにかく自分のことを自分でできるよう、身体を元の状態に戻すようにがんばるしかないと、仰っておりました。
丹羽文雄
文壇で最も偉い作家でしたが、ある年、雑誌の編集者が新年号に原稿をお願いしたら、去年と同じ内容だったそうです。
去年と全く同じ原稿を書けるというのもすごいですが、あのような立派な方でもボケるのかと、驚きました。それでも百歳まで生きられました。
岡本太郎
ある時、食事をしようと会って、向かい合って座ったら、瀬戸内さんの顔をじーっと見て泣き出しました。
どうしたのかと聞いたら、「そんな頭になっちゃって……」と。
もう出家して十年以上経っていたのに、それを忘れていたようでした。
あんな天才でもそうなるのかと、ショックでした。

最後に、瀬戸内さんは、こう言っておられます。
ペンを持ったまま死にたい。
それが私の理想の最期です。
ある朝スタッフの子たちが私の部屋をのぞいて、「先生まだ書いているわ」と思って声を掛けないでいるけれど、実はペンを持ったまま原稿用紙の上にうつぶせで、そのまま死んでいる。
それが私にとって一番望ましい最期です。
「明日のジョー」の最期と重なりました。
私もそうありたいと思います。
