公衆衛生の父チャドウィックは、大英帝国の江藤新平である
二〇〇七年に、世界的な医学雑誌「イングランド・ジャーナル・オブ・メディスン」で、興味ある投票が行われました。
一八四〇年以降の最も重要な医学(広義)の進歩は何か、を問う投票です。
治療、検査、公衆衛生、基礎医学の一〇〇を越える項目について、リストを作成し、専門委員会が上位一五項目に絞り込み、ウエブサイトで投票を行いました。
投票総数は一万一三四一。投票者の内訳は、医師二九%、学生一四%、一般二二%、研究者一〇%でした。
投票結果で上位五位は、次のとおりでした。
一位 衛生改善(上下水道) 一五・八%
二位 抗生物質 一四・五%
三位 麻酔 一三・九%
四位 ワクチン 一二・〇%
五位 DNA構造 九・〇%
衛生改善(上下水道)が一位とは、「さすがに公衆衛生が判ってらっしゃる」と感じました。
一八四〇年代に、英国の弁護士チャドウィックの衛生改善に果たした活躍が広く知られているからでしょう。
一方、チャドウィックは、我が国では全くといっていいほど知られていません。
もし、日本の医学雑誌で同様の投票をしたら、衛生改善はおそらく選外になるのではないかしら。

英国で一八世紀に始まった産業革命が頂点に達して、人々は都市に集中しました。
工場による環境汚染も激しく、労働者の生活条件は劣悪、コレラ、腸チフスなどの伝染病が流行していました。
チャドウィックは、全国の労働者の衛生の実態調査を行い、「大英帝国における労働者人口集団の衛生状態に関する報告」を、一八四二年に刊行します。自費出版でした。
フランスの医師ヴェレルメが行った衛生調査を参考にしました。
チャドウィックの提言は以下のとおりです。
汚物や換気不足は、近年この国が関わったどの戦争よりも多くの人命を奪っている。
汚染された過密な条件下で暮らす労働者の平均寿命は、専門職に就いている人々の半分以下である。
政府は、経済成長を促進する一方で、労働者の早期の死亡を食い止めるための喫緊の課題である、下水、住宅、水道の整備事業に出資するように求める。
この提言は議会を動かし、一八四八年の公衆衛生法の制定と、総合保健委員会の設立に結びつきました。
さらに、中央政府に保健総局が、地方政府に地方保健局が創設され、保健医官(医系技官)を配置することが定められます。
つまり、行政が公衆衛生を担当するという基本が定まりました。
内務省初代衛生局長となる長与専斎が、岩倉使節団のヨーロッパ訪問中に健康を担当する行政組織があることを知って驚いたのは有名なエピソードです。

さて、この時代、
貧困労働者の健康状態は、
運命や不摂生の結果であり、
下水や住宅、水道などを整備することによって改善できるものではない
と信じる英国人が多くいました。
中央政府や地方政府による統制や、
多くの税金が必要となる公共事業への出資を望まない人々にとって、
チャドウィックは「天敵」でした。
さらに、チャドウィックは、あまりにも情熱的で、上から目線で、全く空気を読まない性格でした。
大英帝国の江藤新平という感じでしょうか。
そのため周囲の人々や協力者との衝突を招いてしまいます。
功利主義者ベンサムの弟子として
「最大多数の最大幸福の実現」を目指した
チャドウィックは、失脚しました。
江藤新平のように晒し首になったわけではありません。生きてます。いや今は亡くなりましたが。
しかし、しかし、
チャドウィックが構築した「公衆衛生という車」は動き出しました。
ロンドンの中心部のテムズ川のほとりに英国の国会議事堂があります。
時計塔(ビッグ・ベン)が有名です。
テムズ川のあまりの臭さに、開催中の議会が中止され、議員たちが激怒しました。
こうして世界最悪といわれた英国の衛生環境は、改善に向かっていくのです。
