企業活動を孫子の兵法の「積水の勢い」に例えた積水ハウスの家が水害に遭ったら、名前負けになる
厚労省で一緒に働いていた薬系技官が、6月末に退職となって暇になったので、宮崎にやってきました。
鹿児島の姶良市加治木町に実家があり、8月7日(金)の夕方に日豊線で宮崎駅まで来ることになっておりました。
ところが線状降水帯の発生で、日豊線は都城駅で止まったので、バスに乗り換えてくると電話がありました。
6時半頃に宮崎駅に到着予定が、8時半になりました。
その後、一緒に食事をしたのですが、鹿児島では大雨が降り続いて、翌日も日豊線は動きませんでした。
実家の薬局が水害で水浸しになったという連絡があり、いそいで私が車で彼を乗せて鹿児島まで高速で送っていくことになりました。
8日(金)は休暇を取っていたので、臨機応変の対応をとることができたのは不幸中の幸いでした。

大雨のために高速道路は、鹿児島の粟野から先は通行止めになっていました。
県道を通って姶良市加治木町まで行きました。
途中の川は泥に濁っており、水量もかなりありました。
加治木町では、水に浸かっている車や流された車がありました。
土砂がたまって、車一台がやっと通れるようなところもありました。
加治木町の中央の道は通行止めとなっていました。
ようやく薬局にたどり着いたら、駐車場の車を見ると、泥水に浸かった線が残っていました。
ここまで水が浸かったのかが瞬時に分かりました。
周辺の家々では、家具などを外に運んでいました。
薬局の中が水に浸かって、機械が動かなくなったと言っておられました。
加治木町の実家を出たときには、まったく大雨のことは気にかけなかったのに、1晩でこのようなことになるとは予想できなかったと薬系技官は言っておりました。
ご家族からお礼を言われて、その後、宮崎に引き返しました。
都城への下道は通行止めでした。
水に浸かった車を引いたレッカー車に何台も遭遇しました。
来た道をまた戻って、粟野インターチェンジから高速に入って宮崎まで戻りました。
私が椎葉村の実家に帰ったのは9日(土)ですが、テレビのニュースで、鹿児島県知事が姶良市加治木町の被害地を視察しているのを見ました。
映像は生々しくて、水害の恐ろしさを実感しました。
その後、福岡県や長崎県、熊本県に線状降水帯が発生し、大きな被害をもたらしました。
水はあっという間に、浸水してくるのだと学習しました。
熊本市の繁華街も一時水がたまったようです。
浸水マップを見ると、アーケードの中心街は浸水する地域に色分けされていました。
浸水マップは本当に正確に作成されていますね。
既にある未来が描かれてあることを、想像しなくてはいけません。
引っ越しするときに、不動産屋さんから、浸水マップを示されて説明を受けたことを思い出しました。
そのときは、適当に聞いておりましたが、きちんと頭にたたき込む必要があります。
水は低いところに流れます。

孫子の兵法には、「水は無形」と書かれています。
さらに孫子には「勝者の戦いは、積水を千仞(せんじん)の谿に決するが如き者は、形なり」という言葉もあります。
これは、「勝者の戦いは、満々とたたえられた水(積水)を、深い谷底に一気に決壊させるような、激しい勢いをもって行われる」という意味です。
積水化学工業は、この孫子の兵法の言葉「積水」を社名にしました。企業活動を積水の勢いに例えたのです。
積水ハウスの名前も同じ由来です。
そうすると、積水ハウスの家が水害に遭ったら、名前負けということになります。
そうならないように、積水ハウスの社員は、家を建てる場所を浸水マップで十分に確認することからやっているのかしら?
椎葉村に家を建てるときには、ぜひ聞いてみようかしら。
まさか、自分の会社の名前の由来を知らなかったら……。
そのような社員はいないでしょう。
