日本の公衆衛生の組織は、ロックフェラーが撒いた種の果実である
NHK朝ドラで「カムカム・エブリバディー」という大正・昭和・平成の三世代の100年を描いたドラマがありました。
上白石萌音さん、深津絵里さん、川栄李奈さんの、三人の女優がつないだ家族のバトンに感動しました。
ドラマでは、ジャズプレイヤーのルイ・アームストロングの「日なたの道」の歌が何度も流れました。
日なたの道を歩いていれば、ロックフェラーのような金持ちになれるというロックフェラーは、米国の石油王で、とんでもない大金持ちです。
石油で設けた金で、ニューヨークにロックフェラーセンタービルを建て、シカゴ大学を創設します。

息子のロックフェラー・ジュニアは、なぜか父の後を継ぎませんでした。
フランスにはパスツール研究所があり、ドイツにはコッホ研究所がありましたが、米国には世界的な伝染病の研究所がありませんでした。
ロックフェラー・ジュニアは、米国に伝染病の研究所を造ろうと決意しました。
1901年、ニューヨークの貸しビルの一室に研究所を設けました。
ペンシルベニア大学教授のフレクスナーを招聘して、研究所の所長にしました。
ロックフェラー・ジュニアは、1950年に理事長を辞めるまでの約50年間、ロックフェラー研究所の理事長職を務めました。
その間、研究所の研究者が自由な研究を進められるシステムと潤沢な資金供給体制を整備しました。
ロックフェラー研究所は、1965年にロックフェラー大学に改称されています。
これまで、23人のノーベル賞を出しました!
大隅良典先生もロックフェラー大学で研究したノーベル賞受賞者の中のおひとりです。

ロックフェラー研究所の初代所長となったフレクスナーは、ドイツからアメリカに移住してきた貧しいユダヤ人移民でした。
フレクスナーは、日本に来たことがあります。
このときに通訳を担当したのが、野口英世です。
いつか米国で研究したいという野口の言葉に、社交辞令で「いつでも来たまえ」と言ったフレクスナーですが、まさか本当に日本から野口が訪ねてくるとは予想していませんでした。
身体一つでやって来た野口英世を追い返すことはしませんでした。
移民だった自分の身の上と重なるところがあり、個人的に雇って研究助手にしました。
野口英世は、フレクスナー所長の厚意に報いるために、寝ずに研究を進め、研究所を代表する研究者に成長しました。
ロックフェラー・ジュニアは、世界の公衆衛生を育てたと言ってもいいでしょう。
1913年には、ロックフェラー財団を設立し、国際保健課を設けて、世界各国の公衆衛生政策を支援しています。
特に力を入れたのが、公衆衛生の人材育成・教育訓練でした。
米国では、ジョンス・ポプキンス大学公衆衛生大学院への補助を行いました。
世界の公衆衛生をリードする大学院となり、新型コロナウイルス感染症のパンデミックのときは、世界各国の患者発生のデータを収集して公表しました。
全世界がこのホームページをフォローしました。
中国では、北京協和医科大学と付属病院を作り、中国初の近代医学教育機関を誕生させています。
ジョンス・ポプキンス大学医学部をモデルにしたこの大学は、現在は精華大学医学部となりましたが、米国式医学教育の伝統は引き継がれています。
日本では、国立公衆衛生院の建設を支援しました。
組織と施設の立ち上げに必要な資金のほぼ全額をロックフェラー財団が寄付しました。
寄付金により、東京の京橋に都市型保健館、埼玉の所沢に農村型保健館も設立されました。
これらが、後の保健所のモデルとなっています。
国立公衆衛生院は、現在、保健医療科学院となり、保健所長をはじめとする職員の人材育成を行っています。
東京の白金台にある七階建ての重厚な旧国立公衆衛生院のゴチック様式の建物の中に入ったことがあります。まさに公衆衛生の殿堂でした。
敷地内の桜は気高く神々しく咲き誇り、吉野の桜のようでした。

これだけのものを日本にプレゼントしたロックフェラー・ジュニアは、ただ者ではないと感じました。
新型コロナウイルス感染症のパンデミックにより、病院の医療だけでは国民の生命を救うことはできませんでした。
保健所は、
予防指導、健康相談、患者発生届の受理、
疫学調査、濃厚接触者の特定と健康観察、
感染者の入院調整、
在宅療養者の生活支援と健康観察、
生命保険の証明書の発行など、
ありとあらゆる業務をこなしました。
保健医療科学院は、新型コロナウイルス感染症のパンデミックの初期に、中国の武漢から帰国した邦人を多く受け入れました。
宿泊型の研修施設という位置づけだったので、隔離をする施設として使用されました。
ロックフェラー・ジュニアが種をまいた日本の公衆衛生の組織は、大いに役にたったと言えます。
日本のひなたの道を歩いて、ロックフェラーになった気持ちで、原点から公衆衛生を考えてみるのもいいかもしれません。
もちろん音楽は、ルイ・アームストロング。
どうせなら、ひなたの国の宮崎の道を本気で歩いてみませんか。
宮崎県は公衆衛生医師を募集しています。

