見出し画像

長与專斎の生まれた長与町にはいつか行きたいが、「霊魂塚」は遠慮したい

肥前国の大村藩は、痘瘡(天然痘)を恐れるあまり、強制的に患者をきびしく隔離するおきてがありました。

「痘瘡問答」という享和3(1803)年の本にはこのように書かれています。

肥前大村及び肥後天草の如き、痘瘡を懼るるの甚しき、若し痘疫内地に入れば、父母兄弟妻子の差別なく、皆これを山野に捨てて、決してこれを顧みず、唯その死生のままにして、治療を加ふることなし。たとへ平癒するものありと雖も、百日を過ぎ、一時をこえざれば、其家に帰すことなし

シーボルトは、文政9(1826)年江戸参府の旅行第二日目に、大村から彼杵に向かう途中、痘瘡が流行しているありさまを目撃し、「ここではきびしい隔離が実施され、天然痘が或る部落に発生すると、病気にかかっているものはみんな遠い山岳地帯に連れていかれ、完全に治癒するまで看護をうける。こういう追放を免れようとして、ときには家族全部が病人を連れて隣接の土地に移ってゆくのは、そこに避難所を求め、もっとよい看護を受けるためのなのである」と記しています。

シーボルトがいう「大村藩のきびしい隔離」とは、必ずしも今日的な意味でいう隔離ではありません。

皆これを山野に捨て」という表現、シーボルトの「追放」という言葉どおり、いわば人棄的な色合いをもっておりました。

それは痘瘡を邪気のしわざとして恐れ、患者を穢れとして忌み嫌った考え方からでたものでもあります。

大村藩出身でのちに明治の内務省衛生局長となった長与專斎は、このように語っています。

旧大村藩領内は、古来痘瘡を恐るること甚しく、痘瘡は鬼神の依托なりとて、痘瘡にかかりたるものは、人家を離れたる山中に小屋を構へて、此処に搬送し、定めたる看病人の外は一切交通を断ち、親子夫婦たりとも立寄ことを得ず。

治療のことは申すに及ばず、万事の介抱行届かず、十の七八は斃れ死し、全快して家に帰るは稀なり。

……又其病家にては、病人を遠く離れたる山中に移し置て日々に飲食衣薬等一切需要の品を運び、医師を頼み、山使を傭ふなど、其費用夥しく、一旦山に運入れたる物品は、再び人里に持帰ることならざれば、諺に痘瘡百貫と唱へ、中等以下の生計にては、大抵身代を潰し、累代の住家をも離るるもの少なからず。

暫く痘瘡は、人にも人家にも、非常の災難を与ふることなれば、一藩上下おしなべて恐れ悪むこと、譬ふるにものなし。

こうして痘瘡患者は、人里はなれた山中に建てられた掘立小屋に放棄されました。

ひとはこれを「痘瘡山」と呼びました。

そして、患者一家は「痘瘡百貫」といわれるほどの莫大な出費を強いられ、一家離散の悲運に突き落とされたのです。

現在の長崎県の大村市から北東にほぼ八キロ、山沿いの旧道の路傍に、二メートルほどの自然石に「霊魂塚」と刻まれた碑が立っているそうです。元文3(1738)年、このあたりに流行した痘瘡にまつわる供養塔です。

この業病にかかった者は、わずかな食料を持たされ、人里離れた山中まで運ばれ、おきざりにされました。

病人は苦痛にうめき、雨露にうたれながら息絶えました。

惨禍が終わると、家族達はその場所に痘瘡墓を建て、死者の霊を慰めました。

痘瘡への怨念をこめ、いまなおこの石は、二百数十年の風雨に耐えています。

長与專斎の生まれた長与町には、いつか行きたいのですが、さすがにこの霊魂塚は遠慮したいと思います。

「霊魂塚」は小説になりそうです。

東京のある大学の民族学の研究員が、天然痘に感染した。

根絶した天然痘ウィルスは、アメリカとロシアの研究所にしかない。

なぜ、日本国内で感染したのか。

亡くなる前の研究員は、「霊魂」というメッセージを残した。

JIHSの医師は、研究員の調査の足取りから、長崎県長与町にある霊魂塚を特定する。

秘められた霊魂塚の伝説を知って驚く医師。

人にしか感染しないはずの天然痘が、ある生物によって継承されている事実をつかんだ。

霊魂塚から半径3キロ以内が、警察と自衛隊により完全封鎖されていた。

雨の中、海上自衛隊のヘリコプターから投下されたのは、簡易テントと水と食料だった。

ここに100日留まるように」手紙にはそう書かれてあった。

自分の役目は、いち早く天然痘ウィルス保有生物の存在を知らせること。抹殺されてたまるか。

そもそも、長与専斎が作った「衛生」には、生命を守る、生活を守る、人生(人権)を守る、の三つの意味がある。

俺にこんな仕打ちをするとは……江戸時代に先祖がえりかよ

ちっ、あの世で、長与専斎先生が泣いている

こんな暇があったら、政府の備蓄ワクチンの放出をするんだろうが

歩き出した医師は、倒れている女性を見た。顔には皮疹があった。

ぐずぐずしてられねーな

つづく。

恐縮です。

続きませんが、このような小説もありますので、念のため申し添えます。

いいなと思ったら応援しよう!