タニタは日本人好みの黄金のストーリーをつかって、会社をブランディングしていた
川上徹也さんの「ストーリーブランディング100の法則」(日本能率協会マネジメントセンター)を読みました。
タニタという会社があります。
もともとは、体重計などの計測器メーカーとして知る人ぞ知るという存在の会社だったそうです。
しかし、最近では「タニタ食堂」「タニタカフェ」などいろいろな事業を展開する「健康づくりに寄与している企業」のイメージが強くなっています。
こうなった原因はなんだったのでしょう。
もともとタニタは、シガレットケースやトースターなどの製造を行っていました。
「こらー、たばこを支援していたのかー! 」と突っ込みをいれたくなります。

体重計の事業に参画を決めたのが、1950年代の後半でした。
そのころの日本は、「体重は学校か銭湯の体重計で測るもの」という考え方が一般的でした。
そのころの体重計はデカかった。
しかし、すでにアメリカの一般家庭には一家に一台の体重計が使用されていたのです。
それを知った当時の社長は、やがて日本でも一家に一台の体重計を必要とするライフスタイルが一般的になるだろうと考えました。
もってまわった言い方ですが、たくさん食べることができる時代がきて、人々は体重増加を気にするようになるということです。
痩せてひもじい日本人が多い中で、社長には未来の日本が見えていました。

国産の体重計の開発に着手します。
1959年、家庭用の体重計をヘルスメーターと名付けて販売を開始しました。
その考えは当たり、高度経済成長時代を通じてヘルスメーターの売り上げは好調でした。
しかし、多くの家庭にいきわたった1980年代には、業績が低迷し、赤字へと転落しました。
それまでの体重計を作って売るというビジネスモデルから、変換を余儀なくされたのです。
そんな状況の中で、自社が提供する「体重計」の意味を掘り下げていったところ、「健康」というキーワードにたどり着きました。
そこで「体重計を売る」ビジネスから、体重をはかることで人々に健康を提供するビジネスへ事業の目的を変えていきました。
そこから開発されたのが「体脂肪計」です。
「肥満は体重が重いことではなく、脂肪の量が多いこと」という医師の言葉を受けて開発されたそうです。
1994年に乗るだけで計れる家庭用の体脂肪計を商品化すると、爆発的なヒットを記録しました。
そもそも「体脂肪」という言葉はタニタが発明したものだそうです。

さらに健康を提供する企業の社員が肥満では困るということから、1999年社員の健康の維持・増進を目的とした社員食堂をオープンしました。
コンセプトは、「おいしく、おなかいっぱい食べていたら、知らないうちにやせていた」です。
最初はまずいと悪評も多かった社食でしたが、試行錯誤していく中で味も改善されていきました。
これが出版社の目にとまり、「体脂肪計タニタの社員食堂」という本が出版されました。
シリーズで500万部を超える大ヒットとなったそうです。
現在のタニタは、さらに事業目的を発展させて健康を測るから健康をつくるにしています。
それまでは商品を通じてお客さんの健康をサポートしていたのですが、ありとあらゆる方法で「お客さんを健康にする」を事業目的にしたそうです。
それによりさまざまな分野に事業を拡大して成長しています。

厚労省の健康局のがん対策・健康増進課長だったときに、スマートライフ・プロジェクトでタニタを表彰したことがあります。
昔、たばこを応援していた会社だとは知りませんでした。
そういう過去があったとは……。
日本人はスサノオのような昔ワルだったのが、ヤマタノオロチを退治するいい人に変身するストーリーが大好きです。
タニタはこうした日本人好みの黄金のストーリーをつかって、会社をブランディングしていたのかも。
ちなみに、酒のメーカーは、車の運転でアルコール違反をした社員は、分かった時点で即懲戒解雇するそうです。
例えばサントリーの社員が飲酒運転で逮捕されたら、社員教育もできていない会社だ言われて、ブランドが失墜するからです。
ブランドは長い年月を費やして構築するものですが、崩壊するのは一瞬だとのこと。
フジテレビのブランドは、一瞬にして崩壊しました。企業からの広告収入は激減し、いまだ復活できていません。
宮崎にはブランドがあります。
宮崎にフェニックスを植えた宮崎交通の初代社長の岩切章太郎さんは偉大です。

「大地に絵を描く」という岩切イズムを引き継いで、「宮崎に住んだら知らないうちに健康になった」という宮崎ヘルスブランドを構築していきましょう。
