テレビ局の制作会社のスタッフが「はじめに結論ありきの環境庁の電磁波の報告書をいただきたい」と取材に来た
環境庁では電磁波の健康影響を担当しました。
発端は、スウェーデンの国立カロリンスカ研究所の疫学者アルボムが出した論文です。
送電線の近くに住む人に電磁波による健康影響があるかどうか調べたのです。
送電線からの距離とがんについて疫学調査を実施したところ、送電線の近くに住む子どもに白血病が多いという結果が得られたのです。
そうしたことから、私の環境庁の前任者の医系技官が、専門家からなる研究班を組織して、議論をしておりました。
因果関係を評価するために、①時間の関連性、②関連の一致性、③関連の強さ、④量ー反応関係、⑤生物学的妥当性、という5つの事項について、確認をしています。
この手法は、たばことがんの因果関係を解明するために米国政府が実施した方法と同じでした。
たとえば、①送電線の下に引っ越してきた後に白血病になった、②各地域で実施された疫学調査でも同様な結果が得られた、③オッズ比が高かった、④送電線に近ければ近いほど白血病になる人が増える傾向にあった、⑤動物実験で白血病が生じた、というデータが集まれば、因果関係があると証明できます。
しかし、送電線と白血病の関係は、因果関係を評価するためのデータが不足しているというものでした。
動物実験でがんが発症したというものはありませんでした。
遠く離れた送電線よりも、電気こたつや、電気毛布、電気カーペット、電気あんかなどは身体に密着しますので、電磁波の暴露は、桁違いに大きいです。
私の人生を考えると、大学時代の冬はこたつで寝ることが多く、また青森県下北半島の冬は電気毛布で過ごしたので、密着系の暖房具の電磁波への暴露は相当なものだと心配しておりました。
研究班報告者では、そういうリスクを示唆するデータがないと知って安心しました。
ところが、この環境庁の研究班の報告書にクレームをつける人がいたのです。

当時、民放のテレビで、日曜日の午前中に放映されていた人気番組がありました。
この番組で電磁波を特集するということで、制作会社のスタッフ2人組が、環境庁に取材に来ました。
名刺交換するなり、「はじめに結論ありきの環境庁の電磁波の報告書をいただきたい」と言うのです。
失礼にもほどがある。
「そんな名前の報告書はありません。人にものを頼む態度とは思えない。報告書をまとめた研究者に対して失礼です」
私は、怒って言いました。
「はじめに結論ありき、ってどうして分かったのですか。報告書を読んだのですか。だったら提供する必要はないですね。せっかくここに用意しましたが」
二人のフタッフは慌てました。
「いやいやいや、是非下さい! そんなに怒らないで下さいよ。そういう専門家がいたのでそういっただけです。謝りますから取材を受けて下さい!」と必死の弁解をしました。
それからは普通の取材でした。
なんだできるじゃん。
だったら最初から礼儀正しく普通にやれと言いたいです。
「番組は再来週です。いろいろ取材しましたので、期待しておいてください」と意味深な台詞でした。
「ふふふ、今に見ておれ、後悔するなよ」的な含み笑いを残して二人組は去って行きました。
さて、こちらも、決戦の日の番組に備えて、記事解説と想定問答をあらかじめ作成しました。
彼らは「はじめに結論ありきの報告書」で攻めてくる。
そのために、研究班の班長をされていた先生にも連絡を入れておきました。
国会開催期間中だったので、環境庁の幹部への緊急連絡体制も確立しておきました。
こうした「万全の体制」で、対峙したところ、まさかの空振りでした。
その後、毎週日曜日の午前中に、ノートを片手に番組をチェックしましたが、いつまでたっても番組で電磁波特集がありませんでした。
その間、番組が医療問題を扱っていたときに、取材に来た二人組の片割れが番組に出演して解説をしておりました。
私は憮然として、「おい、お前、電磁波はどうなった?」とテレビの画面に向かって叫び、家族からドン引きされました。
今にして思うと、電磁波特集が放送されなかったのは、番組のメインスポンサーが電力会社だったからだと思います。
電磁波の取材から2年後、懐かしの二人組がまた環境庁に取材にやってきました。
なぜ電磁波の特集がなかったのかを質問したことろ、「ふふふ、いろいろありましてね。しかし電磁波はもう古いですよ。時代は環境ホルモンです!」
私は環境ホルモンも担当していました。
漫画みたいなオチでした。
ちなみに、エディ・マーフィー主演の映画「ホワイトハウス狂奏曲」は、電磁波の健康影響をめぐる米国の国会や規制官庁であるエネルギー省が登場して、参考になります。

電磁波では、別の民放テレビ局の番組が取材に来たことがあります。
事前に、FAXで3問の質問が届きました。
「当日は、この質問をしますので、テレビ取材をよろしくお願いいたします」という大変丁寧な文面でした。
質問については、回答を作成して暗記し、これもまた「万全の体制」で臨みました。
ところが、当日は、あろうことか、第1問目から違う質問でした。
「ううう」と一瞬顔をしかめましたが、既にテレビカメラは回っております。
気を取り直して、平静を装いつつ、なんとか回答しました。
次は事前にもらっていた質問で来るだろうと、安心をしていたところ、第2問目も違っておりました。
「おい、こら、どうなっているんだ。話が違うじゃないか」と思いながら、なんとか答えを絞り出しました。
冷や汗が流れました。
次こそは事前にもらった質問で来ると、記者の言葉を聞いたら、まさかの違う質問でした。
私はぶち切れて、カメラに向かって指をさして言いました。
「電磁波がそんなに危ないというなら、そのカメラを回すのをやめてもらいたい。このピンマイクも外してもらいたい。電磁波を出すテレビも危ないから見ない方がいい。家にあるテレビはみんな消した方がいい。テレビ局も電磁波が出ているので危ない。カメラ取材も危ない」
記者は顔色を変えました。
「ストップ、ストップ!」と言ってカメラマンに止めさせました。
「もう一度、最初からお願いできませんか」
哀願するような顔でした。
「いや、今のコメントをそのまま放送に使って下さい」と言ったら、謝ってきました。
「どうして事前にいただいた質問をしてくれないのですか?」と聞いたところ、「気になることがあったので質問した」とのことでした。
結局、それから撮り直しをしました。
最初から事前の打ち合わせどおりにきちんとやってよ。
ダチョウ倶楽部さんの気持ちが判りました。
違うか。
後日、放送された番組では、有名なキャスターが、私のコメントを見て「環境庁が判らないといったらダメでしょう。お役所は一体何をやってるんだか。困りますねえ」とコメントをしておりました。

テレビの報道は怖いものがあります。
番組の制作者の意図で、いろんな質問をぶつけて映像をゲットして、都合良く編集して放送し、一方的にコメントすることができます。
このときの取材は、メディア・リテラシーを学ぶのに、いい機会だったと思います。
このときの経験から、私は生中継以外は、基本的にテレビの映像を信じておりません。
