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日本は、宦官、纏足、瀉血、割礼、女性器切除を避けてきた公衆衛生の国である

福嶋敬宣先生の「小説みたいに楽しく読める病理学講義」(羊土社)の続きです。

コラムに、「モーツァルトの突然死の謎:瀉血説!?」があります。

18世紀のオーストリアの作曲家、ウォルフガング・アマデウス・モーツァルトが35歳の若さで亡くなったというのはクラシックファンに限らず有名な話です。

ただ、この彼の死因については、未解決とも言え、才能あふれる若き有名人でもあり、これまで毒殺説から感染症、リウマチ熱(からの弁膜症、心不全)、その治療として瀉血自体が死因につながったとするものなど、なんと百四十くらいの説があるとも言われています。

瀉血のルーツは古代ギリシャに遡ります。

ヒポクラテスやガレノス以降、病気は血液・粘液・黄胆汁・黒胆汁の体液バランスが崩れることで起こると考えられていました。

特に血液の過剰は万病の元とされ、中世ヨーロッパでは熱病から頭痛に至るまで、あらゆる疾患に対して「悪い血」を抜くという名目で瀉血が行われていたようです。

この盲目的な瀉血の歴史に一石を投じたのが、17世紀のウィリアム・ハーベイによる「血液循環の発見」です。

血液が消費されるものではなく、閉鎖回路を循環していることが明らかになると、単に「抜く」ことの危険性が議論されるようになりました。

その後、フランスの医師ルイが統計学的な手法を用いて瀉血の効果を検証し、無意味どころか患者の死亡率を上げることが多いと報告してからようやく下火となりました。

アメリカ初代大統領ジョージ・ワシントンが喉の炎症の際、大量の瀉血によって失血死したというエピソードは、この過渡期の悲劇として知られています。

なんと12時間~16時間で約2.5リットルの血液を抜いたとされています。

現代において瀉血が適用となるのは、主に骨髄の異常増殖により赤血球が過剰になる真性多血症、鉄の過剰蓄積が原因のヘモクロマトーシスなどです。

日本の歴史の中で、瀉血による被害者はほどんどいません。

瀉血についてGeminiに聞いてみました。

日本にも瀉血の技術や概念は入ってきており、実際に医療行為として行われていた歴史はあります。

しかし、中世・近世ヨーロッパのように「あらゆる病気の万能薬」として社会全体で狂信的に大流行はしませんでした。

中国から、山稜針で皮膚をさして、少量の血を抜く刺絡(しらく)が伝わっています。

江戸時代では、頭痛、のぼせ、結核、精神疾患などの治療として刺絡が用いられていました。

西洋のように大量に抜くのではなく、数滴から少量だけ、ツボから血を絞り出すというアプローチが主流でした。

オランダ経由で、西洋式の瀉血器具も入ってきていますが、はやりませんでした。

日本の伝統的な思想では、血液は生命エネルギーの重要な一部であり、失うと体が衰弱すると考えられていました。

そのため「悪血」は抜くもののの、健康な血まで大量に失わせる西洋のやり方には心理的・理論的な抵抗感が強かった。

キリスト教の「罪の浄化」のような宗教的背景がなかった。

中性ヨーロッパの瀉血には、医学的根拠だけでなく、「体に溜まった悪い水分を出すことで、精神や罪を浄化するという一種の宗教的・思想的儀式に近い側面もありました。日本にはその土壌はありませんでした。

日本が明治維新によって本格的に西洋医学を国家の主流に据えた19世紀後半、本家のヨーロッパの医学界では「瀉血は効果がないどころか害を及ぼす」として、既に廃れ始めていました。

日本が国家として取り入れた近代的西洋医学(ドイツ医学)からは最初から大量瀉血の文化は排除されており、日本人が西洋式の大量瀉血を日常的に経験する前に時代がアップデートされていたと言えます。

日本は面白い国だと思います。

当時の大陸やヨーロッパで流行していた、宦官、纏足、瀉血を日本社会に取り入れていません。

また割礼(男性器の包皮切除)や、女性の割礼(女性器切除)といった「慣習」も取り入れられることはありませんでした。

女性の割礼は、アフリカの広範囲の地域、中東、アジアの一部で数千年前から伝統として行われてきました。

国連やWHOは、FGM(Femele Genital Mutilation=女性器切除)と呼び、「女性に対する暴力」として根絶に向けた強い動きが進められています。

FGMは、国際保健をやる人には常識ですが、日本では公衆衛生の専門家でも知らない人がおおぜいいます。

男性の割礼は、水が極端に少ない乾燥地域において性器を清潔に保ち病気を防ぐという衛生的な側面もありますが、FGMは外部性器の一部または大部分を切り取る、あるいは縫い合わせるもので、医学的なメリットは一切ありません。

麻酔なしの不衛生な環境で行われることによる劇痛、大量出血、敗血症での死亡、手術後の排尿障害、骨盤痛、不妊、難産、その他母子の命の危険にさらされるリスクを伴います。

日本人は、人間の体を人為的に傷つける行為は極力避けていました。

身体の自然さを守るという日本人の根源的な美意識・宗教観があり、それで食い止められたとも言えます。

日本という国は、海外の便利な制度や流行の文化(文字、技術、衣服、宗教)は驚くほどの雑食性でどんどん吸収する国です。

しかし、その根底にある「親からもらった自然な身体にみだりに刀を入れない、血を流さない」という神道・儒教的な美意識だけは、歴史を通じて決して譲らなかったと言えます。

歴史的に日本は、宦官、纏足、瀉血、割礼、FGMを避けてきた公衆衛生の国だとも言えるでしょう。

ただしハラキリやカミカゼは別です。

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