単に地域で医療をしてきただけなのか、地域医療とプライマリ・ケアを経験してきたかが判別できる質問項目がある
日本プライマリ・ケア連合学会の公式ホームページには、プライマリ・ケアの米国国立科学アカデミーによる理念が掲載されています。
米国医学研究所(IMO)が、アルマアタ宣言の出された1978年に発表した報告書が基になっています。
それによるとプライマリ-・ケアの理念は、ACCCAと整理されています。頭文字です。
Accessibility 近接性
地理的、経済的、時間的、精神的なアクセス
Comprehensiveness 包括性
予防からリハビリまで、全人的、全科的、年齢を問わない
Coordination 協調性
専門医と、チームメンバーと、住民と、社会資源の活用
Continuity 継続性
ゆりかごから墓場まで、健康な時も、外来ー入院ー外来へ
Accountability 責任性
医療内容、生涯学習、十分な説明
ACCCAと言われても、ピンと来ません。
しかし、
漢字の頭文字を並べると「近包協継責」
と一目瞭然です。
漢字の方が優れています。

この中で、一番たいせつなことが、「近接性」です。
医師は患者の近隣に住むべきであると、多くの世界のプライマリ・ケアの教科書が書いています。
洋の東西を問わず、遠くの専門医より近くの「寄りそ医」が大事です。
こうした常に傍にいるという「近接性」が最初にあって、近接性を起点として患者と信頼関係を構築することから包括性、協調性、継続性、責任性が派生してきます。
近接性から始まり、ここでしか経験できないことを、楽しみながら追求していく、こうした態度を持ち続けることができれば、医療者にとっても住民にとっても幸福なことです。
過疎地で過ごすということは、過酷な自然環境や不便で孤独な状況に耐え忍ぶ自負心が必要で、自信の存在に悩む修行僧が行う苦行のようなイメージがあります。
例えば、自治医大出身の医師が椎葉村立国保病院に勤務するということは、懲役2年を求刑されるようなショックを受けるかもしれません。
しかし、懲役を「腸液」と勘違いして、地域住民と一緒にどぶろくを飲んで腸液を分泌し、ここでしかできないことを楽しんだとしたら。
2年間で神楽好き、焼き畑クラブ員、釣りキチ、民俗学研究者、ダムマニアなどに変貌していけば、面白いと思います。

入院患者しかしらない若い医師にとっては、外来、訪問診療、他職種カンファレンス、学校医、住民への健康教育、産業医、死体検案などは、新鮮で貴重な経験になります。
「地域医療のブレイクスルー」の著書の四方先生は、地域医療とプライマリ・ケアを経験したメルクマールとして、以下を示しています。
①この地域の歴史や文化を語れるか?
②この地域の住所を見ただけで風景が思い浮かぶか?
③この地域の活動に参加しているか?
④この地域に友人がいるか?
この質問をすれば、単に地域で医療をしてきただけなのか、地域医療とプライマリ・ケアを経験してきたかが判別できるとしています。
私は、青森県と富山県に出向しましたが、一応全てクリアーしている気がします。
とくに富山県の人は、よそから移住して来た人は「旅の人」と言って、なかなか仲良くしません。(←ホントの話です)
私は典型的な「旅の人」でしたが、今も年賀状が来ます。

昨年久しぶりに富山県に行きましたら、昔県庁で一緒に働いた人が何人か集まって、飲み会を開いてくれました。
バーのママさんも、私のことを覚えておりました。
「あんた誰?」と言われて、灰皿テキーラを飲まされなくてよかった。(←海老蔵の話です)
