歌は語り、台詞は歌え
高千穂にバスで行き、でホテルに泊まりました。
高千穂バスセンターまでの距離を実際に歩いて計りました。
下り坂で、10分で行けました。
安心して居酒屋に入ろうとしたら、財布をホテルに忘れていました。
「お前はまだ高千穂で、一人で飲むのは早い」と言われているような気がしました。

しかたがないのでホテルの部屋に帰って、ホテルの横のコンビニでビールと弁当を買ってきました。
飲んでいたら、NHKの歌番組で、日比谷公園の野音が出て来ました。
創立100周年でした。
隣にある厚生労働省のビルもしっかり映っていた。
高千穂の神々が「ホテルでこの番組を見ろ」ということにしたのかもしれません。
厚生労働者から防衛省に異動する前の土曜日の午後に、安全衛生部長室で最後の書類整理をしていたら、日比谷の野音の音楽が聞こえてきました。
グループ名は分かりませんが、ユーミンの「翳りゆく部屋」をカバーしていました。
小雨の降る中でした。あれは素敵でした。
テレビでは、南こうせつさんと渡辺美里さんが登場しました。
渡辺美里さんは、産業医大の学園祭に来たことがあります。
1986年のヒット曲「マイレボリューション」を、厚労省をバックに歌いました。
二重に懐かしかったです。
生中継なので、厚労省のみんなも曲を聞きながら仕事をしていることだろうと思いました。

別の日の夕方に、雨の高千穂神社に行きました。
人は誰もおらず、幻想的な風景でした。
その後に、ホテルのテレビでNHKの歌コンを見た。
「歌は語り、台詞は歌え」と泣かせるせりふが出ました。
この言葉は、伝説のアナウンサー宮田輝さんです。
90歳の菅原洋一さんが登場しました。
「知りたくないの」の生の歌を初めてききました。
1965年の歌です。
訳詞はなかにし礼さん。
ピアノだけの弾き語りでした。

前回は、財布を忘れてホテルに帰って、厚労省が登場する歌コンを見ることになりました。
今日は、急にトイレにいきたくなってホテルに帰ってきたら、この展開でした。
今度は私の守護霊が、歌コンを見よ、と言っていたのか。

翌朝、ラジオを聴いていたら、菅原洋一さんの「知りたくないの」の英語の原曲が流れて来たのでびっくりしました。
昨日の今日のことで偶然とは思えなかったです。
なかにし礼さんが訳詩をされて、「過去」という文字を歌詞に入れました。
菅原洋一さんは、「過去」に抵抗します。
「クヮコー」となって語感が悪いのがその理由でした。
実は、これまで日本の流行歌に「過去」と言う字が使われた例はなかったのです。
なかにし礼さんは、「過去」を入れることに決めます。

あなたの過去など 知りたくないの
済んでしまったことは 仕方ないじゃないの
あの人のことは 忘れてほしい
たとえこの私が 聞いても いわないで
しみじみとくる歌詞です。
じわじわと流行って、ヒット曲となりました。
そういえは、ダウン・タウン・ブギウギバントの「カッコマン・ブギ」もヒットしましたね。
これは、違うか。
