「ラムズフェルドの人生訓」を忠実に守ったのは、初代厚生労働大臣である
2週間前のハベレオ通信で、「ラムズフェルドの人生訓」(オデッセイコミュニケーションズ)という本のことを書くと通告しておりました。
筆者は、米国で別の大統領の下で国防長官を2度も務めた人物です。
下院議員でしたが、ニクソン大統領がウオーターゲート事件で辞任し、副大統領だったフォードが大統領に就任するときに、主席大統領補佐官として、ホワイトハウス入りを果たしました。
突然かわった大統領からはいろいろと愚痴を聞かされますが、そのときに昔から集めてきた法則や教訓や格言をつかって大統領を補佐をしました。
ラムズフェルド首席補佐官は、自分が集めた法則集を持っていることを聞いた大統領から「是非、それを見せてくれ」と言われて渡しました。
これを読んだフォード大統領は言いました。
「これはいい。ラムズフェルドの人生訓として、これをホワイトハウスのシニア・スタッフに全員に配ってくれ」
と指示しました。
これ以降、歴代の大統領、政府高官、経営者、外交官、連邦議員など、多くの人に読まれてきました。
ラムズフェルドがつくった人生訓というよりは、孔子、クラウゼヴィッツ、チャーチル、孫子などの歴史上の著名人たちの言葉を集めており、
自分より賢い人々との日々の付き合いの中から生まれてきた珠玉の「知恵袋」という感じです。
ラムズフェルドは、「はじめに」でこう述べています。
本書の格言や処世訓が役に立つのは、人間性そのものを記しているからだろう。
文化は変わっていくし、最近は技術革新でできることも増えているが、そのような変化をものともしない永遠の真実だからだろう。
いずれも懐が深く、活躍の場が政府であれ教会であれ、実業界、スポーツ、軍であれ、リーダーたらんとする人の役にたつはずだ。
選りすぐりの知恵であり、日常生活でも利用できるし、ふだんの会話でも会議でも気づきにつながるはずだ。
説得力を高めることもできるだろう。
決断するときの道しるべにするのもいい。
ラムズフェルドは、お気に入りの法則を紹介していました。
法則はすべて不正確だ ー この法則も含めて
「何も考えずに法則を適用してはならない」
とも言っております。
進むべき道を一歩ずつ詳細に記したガイドブックもロードマップも人生にはないし、
難しい問題さえ必ず解決できるアルゴリズムなどというものはない。
あらゆる状況に対応できる法則もありえない。
ラムズフェルドはそう述べております。
「法則を作るときには10箇条以内にせよ」
と言っておきながら、
無視しているところが好感度アップです。
一番最初に出てくる格言は、
「下積みからはじめよう」です。
これには驚きました。
世界の頂点にいる合衆国大統領に対して、これを最初に持ってくるとは!

出身がロックフェラーやケネディ、ヴァンダービルド、ブッシュなどの名家でないかぎり、はしごの上段から人生を始めることはできない。我々凡人は、一番下あたりからスタートすることになる。
成功した人々のほとんどはなにもないところからスタートしている。
真剣に働き、周りの人から学んできた。
一番大事なのは、どこで働くかより、誰と働くかだ。
給料や肩書、勤務地、事務所の窓から見える眺めなど気にするな。
そんなものは、懸命に働き、成果をあげればどうにでもなるし、そもそも、優秀な人と一緒に働けさえすればなんとでもなってしまう。
主(ぬし)に学べ。
どこの組織にも、鍵を握る人物がいる。
病院なら看護師。
患者にどう接するべきか、実践的なアドバイスをインターンや新任医師にするのは、往々にして彼らである。
工場なら現場監督か。
軍なら曹長、軍曹クラス。
組織の知識を持っているのは、どんどん入れ替わる管理職ではなく彼らなのだ。
そして、たいがいの場合、喜んでその知識を分けてくれる。
彼らから学んだことは多いが、一番大事なのはこれだろう。
「どういう地位にいても、自分よりよく知っている人、自分より長くそこで仕事をしている主のような人に教えを請え」だ。
そういう人をみつけ、耳を傾け、学ぶのだ。

これは、なかなか言えないことです。
厚生省と労働省が合併して初代の厚生労働大臣となった坂口力大臣の自伝を読んだことがあります。
坂口大臣は三重大学医学部を卒業した医師で、県内の診療所に派遣されて勤務したときのことを書かれていました。
診療所にいたベテランの看護師が主で、あらゆることを新米の坂口医師に教えてくれたそうです。
ある日、コガネムシが耳の穴に入って、取れなくなった小学生をつれた親がやってきました。
坂口医師がピンセットで虫をつかもうとしますが、虫はさらに耳の奥に入ろうとしてもがき、子どもは耳がいたくて更に泣き叫びます。
途方にくれた坂口医師に、看護師がいいます。
「先生、準備ができました。先生の指示どおり麻酔薬の入った注射器です。これで注入できます」
坂口医師はこのような指示は出しておりませんでしたが、看護師の言うとおり虫のお尻に針を刺して注射しました。
すると暴れていた虫がおとなしくなりました。
坂口医師は無事にピンセットで虫をつまんで耳の穴から出すことができました。
坂口大臣は、診療所にいたときには、患者の扱い方や医療はすべてこのベテラン看護師から学んだと、感謝しておりました。
本の名前は、「タケノコ医者」でした。
厚生省の地下にある本屋で買いました。

竹やぶの「ヤブ医者」をもじったものですが、私は坂口大臣の謙虚さを学ぶことができました。
大臣になったばかりのときですから、もっと威張って、政治家としてやったことを列挙しても良かったと思いますが、こうしたエピソードを紹介するとはすごいなと思いました。
ラムズフェルドの人生訓で、主に学べという格言を読んで、最初に思い出したのが、坂口大臣のコガネムシのエピソードです。
実は、子どもの頃に中耳炎に罹ったことがあり、そのときの耳の痛さを覚えており、このエピソードは心に残ったのだと思います。
それ以外のことは全く記憶にありません。
タケノコ医者には何が書かれていたののか?
おそらく自分事だったのでしょうね。
人ごとだと印象にも残りません。
痛いとかつらいことは覚えているものです。
「海馬」という脳の記憶装置は、痛いとか危ないものは、特に記憶に残るように働くものだということが実感できます。
ということで、ラムズフェルドの人生訓には勉強させられました。おすすめです。
特に、医学部の6年生がいいかも。
下積みから始めて、ぬしに学ぼう。
給料、肩書、勤務地、病院の窓から見える眺め、そんなものは気にしないこと。
