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新たな公衆衛生漫画よ、来たれ!そしてきっと3巻の壁を打ち破るのだ!

以前、「保健師がきた」という公衆衛生漫画が3巻で終了したという話を書きました。

実は、もう一冊、「スノウ」という公衆衛生漫画に注目をしておりました。

吉田優希さんが、講談社の「モーニング・ツー」に連載していた漫画です。

舞台は、19世紀ヴィクトリア朝ロンドン。

急拡大する人口にインフラが追いつかず、街や川に糞尿があふれ、人々は狭い地域に密集して生活をしていました。

そんな街を感染症コレラが襲います。

当時の常識では原因は「悪臭=瘴気」でしたが、その常識に異を唱え、独自の方法論で病の謎に迫った一人の医師がいました。

彼の名は、ジョン・スノウ

1954年のロンドンでは、コレラの勢いは未だ衰えることを知りませんでした。

統計家ウイリアム・ファーと知り合ったスノウは、ファーが発表する「死者数のデータ」に、牧師のホワイトヘッドとともに調査した「犠牲者の住所」を重ね合わせて「感染地図」を作成することに取り組んでいました。

そして物語は始まりの地点=キリングワース炭鉱へ。

1831年、スノウはそこで、初めてコレラと対峙することになります。

スノウはブロード街の井戸に目をつけます。

その井戸を中心とする地図にコレラ感染者をマッピングし、付近住民の引水習慣と重ね合わせます。

すると感染者の多くはその井戸水を飲んでいたことがわかりました。

気の遠くなるほど地道な作業の果てに、スノウは決定的な事実に辿り着きます。

19世紀ロンドン、独自の方法でコレラの謎に迫った医師、ジョン・スノウ。

感染者たちは、その水を飲んでいた!

コレラのアウトブレイクから終焉まで孤高の医師ジョン・スノウの闘い、ここに完結!

残念なことに3巻で終了してしまいました。

公衆衛生漫画は、3巻の壁を越えられない
そういうジンクスでもあるのでしょうか。

しかし、この漫画は、疫学を学習する上でも重要な示唆があり、公衆衛生人にはぜひおすすめしたいと思います。

漫画で、物語の始まりは、キリングワース炭鉱とあります。

この炭鉱の見習いの産業医として赴任したスノウは、ここでコレラと遭遇します。

漫画と併せて読む本として、スノウ本人が書いた「コレラの感染様式について」(岩波文庫)があります。

翻訳されたのは、長崎大学熱帯医学研究所の山本太郎教授です。

この中で、疫学者の目で「炭鉱労働」を鋭く観察しています。

「これぞ、記述疫学!」という感じです。

イギリスの鉱業従事者は、他のどの職業よりもコレラに苦しんでいる。

(中略)

坑夫は、多くの重要な点で、他の労働者とは異なった状況にある。

まず、炭鉱にはトイレがない。それは他の鉱山でも同じだろう。

労働者は鉱山の中に長く留まるので、食べ物を持参しなくてはならないが、彼らはそれを、ナイフとフォークを使わず、洗っていない手で食べている。以下は、私が行った質問に関して、リーズ付近の炭鉱関係社の親戚から受け取った回答である。

坑夫たちは、6時に仕事を開始するために朝の5時に坑内へ降りて、午後1時から3時半の間に坑内を出ます。

坑内にいる時間は平均8時間から9時間です。

坑夫たちは皆、ひと塊の焼いたパンに、時には肉を加えたものを食事として持参します。

全員が約1リットルの飲み物(アルコール)が入ったボトルを持っています。

私たちは、坑夫の清潔さが、他の人よりも劣っているのではないかと心配しています。

坑内は巨大なトイレとなっていて、もちろん、男たちはいるも洗っていない手で食事をとっているのです。


坑夫が仕事中にコレラを発症した場合、他の職業では起こりえないような速さで、仲間内に広まることになる。

私は、1831年から32年の冬、ノーサンバーランド州の炭鉱で、消化管から大量嘔吐して、ほぼ虚脱状態で連れてこられた人を見たことがある。これはまさに、仕事中に坑夫がコレラを発症する可能性を示している。

英国内科医師会のバリー博士は、鉱山で働いていない女性や子どもも、男性と同じように多数発症していると異議を唱えた。

しかし、これは坑夫達の蜜な住居でコレラの伝搬が起こったからだと思われる。

坑内での伝搬の可能性は、男性や少年は、女性や子どもよりも一日か二日早くコレラを発症するという事実によって支持される。

特別な調査を行えば、このことが正しいとわかるだろう。

コレラが伝染性の疾患ならば、女性は病人を看病するために、男性よりも罹患する人の数が多いはずだ。

両者の意見の違いは、相反する意見として共に書き残しておくこととする。

山本教授は、本書でのスノウの記述には独善的なところがまったくない、自説に反対する意見も取り込んでいると指摘しています。

スノウの行った研究は、今日でいう疫学調査・公衆衛生対策の先駆けであった。

医学の研究は、実験室や研究室だけで行われるものではない。

その点で、スノウが近代医学に果たした役割は、(コレラ菌の分離培養に成功した)コッホのそれと異なるだけで、決して劣るものではない。

2010年1月、カリブ海の島国ハイチでマグニチュード7の地震が起こりました。

震災とともにコレラが大流行したとき、山本教授は現地に赴き、広場に急造したテントで100人を超すコレラ患者を診察し、治療にあたりました。

この流行では、80万人以上の感染者と9000人以上の死亡者が出ました。

流行はおどろくべき早さで広がって行きました。

震災の発生以降、衛生状態の悪化が流行の拡大に拍車をかけました。

このときの現場で、スノウの活動を思い出したそうです。

スノウの著書を翻訳できたことに、不思議な縁を感じるとおっしゃっています。

新たな公衆衛生漫画よ、来たれ!
そしてきっと3巻の壁を打ち破るのだ!


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