慰霊、鎮魂の想いがこもった花火は公衆衛生である
上岡信雄氏の「東京大空襲を指揮した男ガーティス・ルメイ」(ハヤカワ新書)を読みました。
日本を焼夷弾で焼け野原にしたこの将軍は、ミズーリ号での調印式に出席しています。
「殺される側のことを考えていたら戦争はできない」、「あらゆる戦争は不道徳だ。そして、そのことに思い煩うようでは、よい兵士にはなれない」という言葉を残したルメイは、日本に上陸しても敵の犠牲者に想像力を巡らせてはいません。
上岡氏は、対照的な人物として、長崎の占領軍司令官となったヴィクター・デルノア中佐を紹介しています。
デルノアは、ヨーロッパ戦線を戦ってきた陸軍の将校です。
ドイツではユダヤ人強制収容所でナチスドイツの残虐行為の証拠を目の当たりにしました。
自分たちが正義の側にあり、ナチスドイツという悪と戦っているということに、一点の疑問も抱いていませんでした。
ところが1946年9月、長崎を統治する占領軍の司令官となって衝撃を受けました。
原爆の犠牲者を弔う法要で嘆き悲しむ遺族たち、身元がわからなかったり引き取り手がなかったりする無数の遺骨などを目撃しました。
自分たちの側も相手の民間人に対してこんな残虐行為を働いていたのか。
デルノアは「二度と原爆を使ってはいけない」と訴えるようになります。
これはアメリカ軍の軍人として極めて異例のことでした。
当時、占領軍は日本人の対米感情が悪化するのを恐れ、原爆関係の報道や出版を厳しく制限していました。
そのなけで、デルノアは、長崎で被爆した14歳の少女が書いた手記の出版を認めるよう、上層部に繰り返し訴えました。
さらにデルノアは、被爆者が収容されている救護所を足しげく訪れ、原爆被害の実態を知ろうとしました。
1948年、核兵器廃絶を訴える長崎平和祈念式典の開催を長崎市に許可しています。
長崎市民は、デルノアに感謝し、道路の一つを「デルノア通り」と名づけて、デルノアの業績を称えています。
上岡さんは、こう言っています。
デルノアとルメイとではまったく立場が違うので、単純な比較はできないが、それを差し引いても、デルノアには、やられた側を思いやる想像力があり、その想像力を働かせた。
勝ち負けにかかわらず敗者の気持ちがわかるということ。
そして自分たちも道義的には決して潔白ではなく、加害者でもある。
この想像力がルメイにはなかった。その想像力を働かせようとはしなかった。
ルメイにあったのは、「勝者の論理」のみだった。

自分が指揮した爆撃で焼け野原になった日本の各都市を見て回ったあと、ルメイは、アメリカが現在の空軍力を最初から備えていたらどうだったか考えています。
1941年12月7日に空軍力でこれだけ優位に立っていたら、日本軍の真珠湾攻撃は起きなかったであろう。
そう思いめぐらした上で、ルメイはこう言っています。
その瞬間から先、私は力によって平和を保つことが可能だと信じるようになった。
我々がよく訓練され、その大儀に献身的な軍を作り上げたのなら、誰も二度と再びアメリカを攻撃しようなどと考えないだろう。
ルメイがこのあと目指していくのは、兵力で圧倒的に優位に立ち、それで平和を保とうとすることでした。
1964年に、日本政府はあろうことか、米国空軍参謀総長ルメイ大将に勲一等旭日大綬章を贈っています。
航空自衛隊の創設と発展に貢献したという理由からでした。
上岡さんは、ナパーム弾でベトナムを攻撃している将軍に日本は感謝しているというメッセージを世界に与えたことは、残念だと言っています。
日本の政治家もマスコミも、ナパーム弾による無差別爆撃は日本をはじめ、朝鮮、ベトナムとアジアにしかやっておらず、根底にアジア人蔑視があったことに何も言わなかったのは正しくなかった。

私も、焼夷弾で日本人を焼き殺して、機雷で航海不能にして餓死させようとした将軍に勲章を贈ったのは、政策的にもよくなかったと思います。
同じく、海上自衛隊の創設に尽力したアメリカ海軍のバーク提督に、日本政府は勲章を贈りました。
バーク提督は、「自分の最期は、日本の天皇陛下から贈られた勲章だけを付けて葬ってくれ」と家族に言い残し、実際にそうされました。
バーク提督と日本への貢献は、阿川弘之さんの「海の友情」に詳しいです。
バーク提督は日本から贈られた勲章をリスペクトしていますが、ルメイ将軍にはそのようなことは感じられません。
比較ばかりで恐縮ですが、ハベレオ通信で、私のルメイ将軍の想いを書いてみました。

富山市は昭和20年8月1日未明に、空襲で焼け野原にされました。
これにより富山市の99%が焼失しました。
現在は、この日に合わせて花火大会が行われています。
日本各地で行われる花火には、いろんな意味が込められています。
東京の隅田川で行われる花火は、飢饉や疫病で亡くなった人を慰霊するために始められました。
慰霊、鎮魂の想いが込められた花火は、公衆衛生です。
最後にPRを。
お時間があれば、毎年8月に開催される椎葉村の上椎葉ダムの花火大会をご覧頂くと嬉しいです。
