一世風靡セピアの柳葉俊郎さんの愛称はギバちゃんで、成功している
かつてポリオは恐ろしい病気でした。
小児麻痺とも言われ、子どもが多く感染しました。
日本でも年間5千人を越える患者が出たときがあり、このときはワクチンを緊急輸入して乗り切りました。
いまではわが国では、ポリオの発生はほとんどなくなっております。
日本では当初は、経口の生ワクチンが使われましたが、患者の発生数が激減すると生ワクチン由来の麻痺の副作用が問題となり、安全な不活化ワクチンが使われるようになりました。
実は、ポリオワクチンには、二人のアメリカ人開発者の物語があります。
ジョナス・ソークとアルバート・セイビンです。
Geminiに聞いたところ、以下のような物語が展開されておりました。
ポリオを根絶に導いた二人の天才科学者は、20世紀最大のライバルとも呼ばれるほど、激しい対立関係にありました。
1 科学的アプローチの真っ向勝負
二人は「どちらのワクチンがより優れているか」で激しく対立しました。
ソークの信念(不活化ワクチン):「安全性が第一」。ウイルスを殺して使うため、ワクチンによってポリオを発症するリスクがゼロであるべきだと主張しました。
セイビンの信念(生ワクチン):「効果と持続性が第一」。ウイルスを弱毒化して生きたまま使うことで、より強い免疫を長期間維持でき、また口から飲むタイプなので大量接種に向くと主張しました。
2 性格とスタイルの違い
・「国民的ヒーロー」ソーク:1955年にワクチンを完成させたソークは、瞬く間にスターになりました。しかし、慎重派でアカデミックなセイビンは、ソークの性急な臨床試験を「キッチンの化学者(素人仕事)」だと痛烈に批判しました。
・「職人気質」セイビン:セイビンはソークに遅れること数年、1960年代に生ワクチンを完成させました。ソークは自分のワクチンこそが完成形だと信じていたため、セイビンの生ワクチンが世界に普及していくのを苦々しく思っていたと言われています。
3 歴史的な逆転劇
・生ワクチンの普及:セイビンの生ワクチンは「安価、簡単(飲むだけ)、強力」だったため世界中で主流となりました。
・現代の回帰:しかし、ポリオが根絶に近づくと、生ワクチンの極めて稀な副作用(ワクチン由来の麻痺)が問題視されるようになりました。その結果、現在ではソークが提唱した「不活化ワクチン」の安全性が再評価され、日本を含む多くの国でソーク式へと回帰しています。
共通していた「志」
これほど対立していた二人ですが、たった一つ共通していたことがあります。
それは、二人ともワクチンの特許を取得せず、巨万の富を放棄して、世界中の子どもたちのために無償で技術を公開したことです。
方法論は違えど、ポリオという脅威から人類を救いたいという熱意だけは同じでした。
いい話です。
しかし、ここで終わっては、AIに負けます。
アダム・グランドのGIVE & TAKE「与える人」こそ成功する時代(三笠書房)に登場するソークは、とんでもない人物です。
この本の監訳者の楠木建さんが「世の”凡百のビジネス書”とは一線を画す一冊!」と推薦しております。
私もこの本を読んで、与える人(ギバー)になりたいと思いました。
ペンシルベニア大学のアダム・グランド教授は、人間を、ギバー(与える人)、テイカー(受け取る人)、マッチャー(与えることと受け取ることのバランスを取る人)の3種類に分けています。
テイカーは常に自分中心に考えるのに対して、ギバーは他人を中心に考え,相手が何を求めているかに注意を払います。
テイカーは利己、ギバーは利他。マッチャーは半己半他。
このギバーの代表例として、ピッツバーク大学のソークが挙げられているのです。
1955年、ポリオワクチンの開発で国民的ヒーローとなったソークは、歴史的記者会見に臨みました。
ソークは1948年からポリオワクチンの開発に着手しています。
翌年に3人の科学者が、試験管でポリオウイルスの培養に成功し、ウイルスを利用したワクチンの大量生産への道を開きました。
この3人は1954年にノーベル賞を受賞しています。
記者会見で、ソークはこの三人の科学者の重要な貢献を認めませんでした。
さらに自分の研究所の中で、ワクチン開発に多大な貢献をした6人の研究者チームの功績も認めませんでした。
つまりソークは、ワクチン開発の手柄を独り占めにしたのです。
記者会見の会場にいた6人は、涙ながらに会場を出て行きました。以下は本の記述です。
ソークが手柄を独り占めにしたその瞬間は、彼のキャリアの頂点で、その後は下がる一方だった。
彼はソーク研究所を設立し、そこでは現在、数百名の研究者が人道科学の限界に挑み続けている。
しかしソーク自身の生産性は衰え(後年、エイズワクチンを開発しようとして失敗に終わっている)、同僚に相手にされなくなった。
ノーベル賞を受賞することもなければ、権威あるアメリカ科学アカデミーの会員に選ばれることもなかった。
(中略)
ソークは1995年、同僚の貢献をけっして認めることなくこの世を去った。
ソークがなぜ、ポリオワクチン開発への同僚の貢献を認めなかったのか。アダム教授は、その理由を挙げています。
同僚がその名誉に値しないと感じていたのだそうです。
ポリオワクチン開発の栄誉を受けて当然なのは自分だけ、と思っていたのです。
これは「責任のバイアス」と呼ばれ、相手の努力に対して自分の貢献を高く見積もることを言います。
悪気がなくても、人は自分の貢献を過大評価し、他人の貢献を過小評価します。
アダム教授は、この「責任のバイアス」は、協力関係が失敗する大きな原因だと指摘しています。
「起業家、発明家、投資家、上級管理職が、当然の功績をパートナーが認めてくれない、あるいは正当な分けまえにあずかっていないと感じると、仕事上の関係は崩壊する」とも。
ということで、利己主義のテイカーは自滅します。ギバーの利他こそ目指すべき生き方です。
その証拠に、一世風靡セピアの柳葉俊郎さんの愛称はギバちゃんで、成功しています。ちがうか。
ギバーが成功することを英語で言うと
give up ! これもちがうと思います。
