このときめきは、恋?〜文学的なものへの憧れ
noteのクリエイターさんの記事に、ときめく。
胸がキュンとして、何も手につかなくなる。
その人の記事を全部読みたくなる。
ストーカーのように、記事を読みまくる。
時々、noteでそういうことが起こる。
もともと沼にはまりやすいタイプなので、いろいろなことに対してある日冷めるまでは、どっぷり浸かっている。
いわゆる推し活はしないのだけども。
いままで恋のようにはまったのは、
宝塚
俳優の長谷川博己
俳優でエッセイも書く室井滋
俳優の堺雅人
宝塚。
高校のときに初めて星組の「アポロンの迷宮」(主演・日向薫)を観た。それまでテレビ画面でちょっと観たときの男役への違和感は、生の舞台では吹き飛んだ。
絢爛豪華な世界に心惹かれた。
その後「ベルサイユのばら」(オスカル涼風真世、アンドレ天海祐希)を観て、パンフレットがボロボロになった。
以来、数十年ぶりに宝塚を観て再燃した母とふたり、毎月の雑誌を定期購読し、東京の劇場、ときには宝塚の本拠地まで出向き、どっぷりと宝塚を楽しんだ。
母などはファンクラブにも入り、お茶会などにも参加していた。
その当時のほぼすべての生徒さんの名を覚え、母に「その覚える力を勉強に」とはよく言われたものだった。
長谷川博己。
「デート〜恋とはどんなものかしら」(フジテレビ系)を観てその存在を初めて知ったのだけど、そのときはドラマ自体が面白く、長谷川博己にはあまり興味がなかった。
その後、小栗旬が主演をする「カリギュラ!」を動画で観ていたとき、そこに出ていたケレア役の長谷川博己に一気にもっていかれた。
暴君カリギュラと唯一対等に話ができる、頭脳明晰な学者で、カリギュラの暗殺を企てる。
はじめ小栗旬目当てで観ていたのに、ケレアしか見えなくなってしまった。
それから、鈴木京香との「セカンドバージン」(NHK)ですっかりはまった。
以来、Twitterで情報を拾い、出るドラマは欠かさず観ていたのだけど、長谷川さん自身が映画のほうに重心があるようで、あまりテレビに出ない。
目に触れない時間が多くなると、だんだん恋心は冷めていく。好きな俳優さん、くらいになった。
室井滋。
室井滋さんには、いまだに恋している。
エッセイにときめいたのは、この方が初めて。
初めて読んだのは高校生の時、初エッセイの「むかつくぜ!」(1991年、文藝春秋)だった。
2年後の「キトキトの魚」(1993年、文藝春秋)も出版されたらすぐに読んだ。
大学時代の演劇サークルの話も多くて、以来、早稲田の演劇と聞くと室井さんが思い浮かんで(後年は堺雅人も)ワクワクしたものだった。
大学時代に早稲田の劇団森という演劇サークルを追いかけて、小劇場が好きになった。
劇団員は、授業など出る時間がないほど演劇をしていた。あのころ通った早稲田の茜屋珈琲などはときめきの最たるものだった。
店内にはランプの薄明かりがともり、文学全集などが壁の本棚に詰め込まれていた。
閉店してしまったのは惜しまれる。
それから室井さんの出身地である富山の白エビをはじめとした海の幸も度々エッセイには登場して、いつか行きたい県のナンバーワン。
室井さんのお芝居もたまらなく好きで、俳優としてもずっとテレビに出続けているので、室井滋が出るとずっとそのドラマで室井さんを追いかけてしまう。
堺雅人。
堺さんを初めて認識したのは新選組を描いた映画「壬生義士伝」(主演・中井貴一)で、沖田総司を演ったのを観た時だった。
壬生義士伝自体、浅田次郎の原作(文藝春秋)も素晴らしく、映画もとても良かったのだけど、沖田総司しか覚えていないくらい、堺さんのお芝居が印象的だった。
沖田総司のことは、結核で若死にした剣豪の美男子というようなイメージしかなかったのだけど、堺雅人の沖田総司は、細い目と絶えずほほ笑んでいるような口元から、鋭い刃のような冷たい言葉が出て、心底「怖い人だ」と思わせる迫力があった。
以来、私の中での沖田総司像は、あの堺雅人の沖田総司だ。
文学青年だったという堺さんの過去のエピソードには、触れるだけでもワクワクした。
堺さんが高校時代に読んでいた「若山牧水」も、堺さんのおかげで知ることができた。
こうして振り返ると、宝塚以外の俳優さんたちは、エッセイ、文学座(長谷川さんは中央大学の文学部出身で、文学座養成所に入った)、文学青年と、文学にかかわる人たちの共通点がある。
そうか、私は文学的なものに惹かれるたちなのだな。
だから、noteの海を漂っているときにときめきを感じる作品を読むと、いてもたってもいられない。その人のはじめの作品から全部読みたくなってしまうのだ。
noteに住んでいる人たちも、多くはそうなのだと思う。だから、コメント欄にいたるまで居心地が良いのだろうな。
年を重ね、ときめいても昔のようにその人を深掘りしたりする熱量はなく、そこに見えるものを静かに眺めているだけで満足するようになっている。
でも80歳近い母は、すごい熱量で某チアリーマンたちを追いかけているのだった。年齢は関係ないか。
そんなことを思う、土曜朝。
「壬生義士伝」が、久しぶりに本棚から出てきた。
また読んでみようかな。
主人公吉村寛一郎の、岩手のなまりと実直な人柄が、とても良い。まさか自分が東北に引っ越すことになるとは、これを読んでいたときは思わなかった。

