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熾火

先日、姑のところを訪ねた義姉から『姑は認知症なのでは』という旨の連絡をもらい、夫と顔を見合わせた。
先月私が行った時はそういった様子はなかった。ウチの両親のことを尋ねては
「ご無沙汰してしもうて、よろしゅう言うといて」
と殊勝に頭を下げていたくらいだったから、認知症なんて思いもよらなかったのである。
私から様子を聞いた夫も同じように思っていたようだ。
義姉は
『話がかみ合わない。とんちんかんなことをいう。完全におかしい』
とかなり強い調子で書いてきたのだが、私は懐疑的だった。
夫は
『取り敢えず今回行った時に様子を見てみる』
と返事した。

昨日、夫は姑と会ってきた。
結果、
『自分は認知症ではないと思う。あの年齢であの程度の話の食い違いなら、あってもおかしくない。耳が遠いから筆談にはなるが、普通にコミュニケーションは取れた。施設の人も同じような意見だった』
と義姉に返信した。

すると姉は姑の言った様々な言葉を並べ立て、『そんなはずはない、絶対に認知症や』と強硬に自分の意見を押し通そうとした。
どうしてこんなに意固地になるのかなあ、今現在夫が見て来たばかりの感想を言ってるのだし、スタッフさんの意見もあるのに何故信用できないのかしら、と不思議に思っていたら、
『私にむかって”あんたなんかもう来てもらわんでも平気や”って言うたんやで!』
という一文が返ってきて、義姉の怒りようがすとんと腹に落ちた。

義姉と姑の間には、複雑過ぎる愛憎が絡み合っている。
姑は姉を産んだ後、一人を流産している。その原因を
『あの子(義姉)が私のお腹の上で飛び跳ねたせいだ』
と恨めしそうに周囲によく話していた。
こんなことを言われたら、子供時代の義姉は自分をさぞかし責めたろう。幼い子供のすること、しょうがない、と思えるのは大きくなってからだ。
本当なのかどうか、その場面を見ていないから真偽は不明だが、二人の確執の始まりはここであるように思われる。
なんにしても、義姉は心の奥底に母親に対する罪悪感を抱えたまま、大きくなったのだと思う。

義姉が大学進学を志していた頃、姑は
「アンタが大学行ったらお金がぎょうさんかかってしもうて、弟(我が夫)の学費が出せなくなる。アンタは女なんやから、大学なんか行かんでもエエやろ」
と容赦ない言葉を散々浴びせ、義姉と大喧嘩になったらしい。
これは夫もはっきりと覚えているらしいから、事実なんだろう。
結果、義姉は受験に失敗し、専門学校に進んだが、その学費を巡ってもひと悶着あったと聞いている。

確執だらけの親子関係を抱えたまま、義姉は結婚した。
家を出たこともあり、二人はしばし休戦状態になったようだ。
だが、義姉が双子を出産したことで関係は振り出しに戻る。
義兄が単身赴任だった為、義姉は実家の、特に姑の助けなくして子育て出来なかったのである。
もともと滅私奉公の好きな姑は、孫可愛さもあって双子の世話にのめり込んだ。

やがて姑が老いていき、義姉の子供達が成長して巣立つと、二人はまた一対一で向き合うこととなった。
今度は義姉の助けなしでは姑がやっていけない。姑はそれが悔しくてしょうがない。だから何かと憎まれ口を叩いては、義姉とバトルになる。
それでも姑の体力があるうちはまだ笑っていられたが、やがて心も身体も衰えてくると、いよいよ二人の力関係は歴然としたものになった。

姑は身体が弱れば弱るほど、ストーカーのように言葉で義姉に縋りつき、束縛しようと必死になった。
二言目には
「あんなに育児を助けてやったのに」
と恨み言を並べ立て、義姉を責めた。
義姉はそれから逃れようと必死になった。母親に対する愛情との板挟みになって苦しむ様子は、見ていて痛々しいほどだった。
私達は姑の気持ちをこちらに逸らせよう、と努力してみたが、てんで埒があかなかった。
二人はどちらもお互いを強烈に求めながら、いがみ合って苦しんでいた。

『もう来てもらわんでも平気』という姑の言葉は、半分本気で、半分は全く逆の意味なのだろう。
それを十分わかっているから、義姉は『母親は認知症なのだ』と思いこむことでしか、自分を傷付ける惨い言葉をやり過ごせないのだろう。
二人の間には誰も入れない。

どうして自分の腹を痛めた娘を素直に愛せないのだろう、と考えてみると、姑の育った環境に思い至る。
姑は戦争で四才の時に父親を失い、三人姉妹の二女として女ばかりの家で育った。
『父親がいなくても、誰にも恥ずかしくない娘に育てるんだ』という、姑の母親のとてつもなく強い、意地にも似た執念は、姑の中で熾火となってまだ消えていないのかもしれない。
もう人生の幕切れも遠くないというのに。
その熾火は娘である義姉に受け継がれ、まだくすぶり続けているのに違いない。
もう戦争はとっくに終わっているというのに。

もしあの戦争がなかったら、二人はどんな母娘だっただろう。
どうすることも出来ないまま、二人の愛憎劇を黙って見守っている。








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