鬼さんの推しごと~ご利益はお夜食で~第二話⑤
来る日も来る日も、飽きもせず雨が降る。毎日髪の毛はくるんくるんだから、もう開き直って、くるくるを「パーマです! オシャレです!」で活かす方に舵を切った。そうしたら、同じ専門学校の中でもファッション系の人たちの目に留まって、声をかけられるようになった。
漫画ばっかり描いてて、女の子はまだしも男の子の私服とか、全然知らないものだから、そういうのに詳しい知り合いが増えるのはちょっと嬉しかったりする。彼女たちに漫画を貸したら、「この服めちゃくちゃいい!」と、豪華なドレスにインスピレーションを受けたみたいだったし、ウィンウィンとはこのこと。
「あ」
バイト終わりの帰り道、見覚えのあるスーツの背中。
「辰野さん。お疲れ様」
「ああ、八木沢さんこそ、お疲れ様。今日はバイトだったっけ?」
頷いて、隣に並んだ。彼の足取りはしっかりと、鬼百合荘のある方向へと向かっている。
樹が雨音を集めて作曲に使うと聞いてひらめいたのだ。
辰野さんが、ゲームのプログラミングをしているときのキーボードの打鍵音を、鬼に音楽として聞かせてみてはどうか、と。
音程はなくとも、リズムがある。しかも、辰野さんの指は戸惑うことがほとんどなく、一定のリズムを生み出す。正直、共有スペースで作業をしているときに聞いていると、なんだか気持ちよくなっちゃって、うたた寝をしてしまうレベルだ。
樹に借りた録音再生機で、試しにキーボードの打鍵音を録音して、そのまま神棚に供えて再生した。こんなので大丈夫かな、と辰野さんは不安になっていたが、その後は家を見つけられなくなるということもなく、毎日元気に過ごしているので、問題はなさそうだ。
「今使ってるのは静音のキーボードだから、むしろいい音が出そうなキーボードをジャンクで買ってきて、試してみようかと思ってるよ」
タブレットスタンドやペーパーライクフィルムなどにはこだわりがあるけれど、文字を打つ道具は何でもいいと思っている。キーボードひとつでそんなにも違うのか、と驚いた。
そして、少しでも鬼の心を慰めよう、楽しませようとする辰野さんの優しさを感じた。
私たちは、鬼に直接祟られていたわけでもないし、神様に祀り上げようとも思ってない、ただのクリエイターだ。作っただけで満足するタイプじゃなく、どうにかして、誰かに読んでもらいたい、楽しんでもらいたいというのが本音である。
鬼は私たちにとって、最初のユーザーなのだ。
「いつかは鬼も、辰野さんのゲームをプレイできたらいいのにね」
私の独り言に、彼は頷いた。
「八木沢さん。本当に、ありがとうね」
「え?」
結局私は、いろいろ騒いだだけで、あんまり役には立っていない気がする。ヒントをくれたのも、録音再生の機械を貸してくれたのも、樹だった。
辰野さんは首を横に振る。
「そっちじゃなくて……僕が名ばかりクリエイターだって自虐したときに、否定してくれたでしょう?」
「ああ……」
「仲間たちにね、そういう自分の引け目を話してみたんだ。そしたらめちゃくちゃに怒られてさ。君の比じゃないくらい」
お前がいなかったらこのサークルは瓦解してる。
お前と話すのが俺のインスピレーションの元なんだ。
は? 俺もだが?
お前にしかこのヒロインの立ち絵は託せない……ッ!
などなど、ちょっと辰野さんへの愛情が行き過ぎていやしないか? とは思ったが、当の本人はのほほんとしているので、まぁいいか。幸せなサークル活動をしてください。
「あ、コンビニ寄ってから帰りますね」
「僕も行くよ」
通りがかったコンビニで、炭酸水のペットボトルを買う。自分で買うときは、プライベートブランドの安いやつを手に取るけれど、今日は違う。ヨーロッパで採取された天然炭酸水は、普段買うものよりも、三十円高い。
「あれ、それって」
辰野さんは目ざとく指摘した。たぶん、こういうよく気のつくところを、彼の仲間は好いているのだろうと思う。まぁ今は、何も言わないでいてくれた方が助かるんですが、ね?
それ以上余計なことを言われる前に、私は自分から白状した。
「あいつ、樹に買っていってやろうと思って。辰野さんのこと、私ひとりじゃ何にもできなかったから」
なぜか早口になり、辰野さんとは目を合わせずに言う。会計はピピっと、スマートフォンで支払った。
「でも、彼が一生懸命に考えてくれたのは、君が一生懸命だったからじゃないかなあ。僕と鬼、両方のためにさ」
「あいつがそんな殊勝なやつだと思います~?」
初対面からの二度目ましてで、印象が天から地に落ちた男ですよ? と、ケラケラ笑いながら歩いているとあっという間に鬼百合荘に着く。
「あ」
ウィンドブレーカーを着て、傘もささずに外に出ているのは、樹だった。スマホを使って、今日も雨音を集めている。納得するまで譲歩せずにこだわる姿勢は好ましい。私も似た部分があるから。
立ち止まった私の背を、辰野さんが優しく押す。タイミングを見計らって、「樹」と、声をかけた。
「なんだ、あんたか」
「ええそう、私!」
何か用? と、視線だけで問うてくる樹に、私は買ってきたばかりの炭酸水を取り出し、「ん」と、突きつけた。きょとんとしている樹は、やっぱり顔だけなら抜群にいい。
「今回、あんたにはいろいろ世話になったから、そのお礼。いらないなら、私が飲むから、それでもいいよ」
なんて、可愛くない自覚はある。
樹は受け取らないで、しばし黙っている。ああ、やっぱり慣れないことなんてするもんじゃないなあ。
そんな風に思っていたら、
「冷蔵庫、名前書いて入れといてよ。あとでもらうから」
と、彼は言った。上着では防ぎきれない雨の雫が、彼の髪の毛を伝って落ちていく。
「……わかった! 風邪ひくから、早めに引き上げなさいよっ!」
なんだか見てはいけないものを見ているような、そんなセクシーな趣の樹をまじまじと見ているのも恥ずかしくて、私は照れ隠しで、びしりと人差し指を突きつけて忠告をしてから、建物の中に入った。
なお、このときにペットボトルには余計な刺激が加わっていて……つまりはよく振ってしまったわけで、樹がいざ、飲もうとしたときには噴出するという事故が起きたのは、また別の話である。
【第二話完】
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