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🔳ep.1 恩師との出会い 


これまであんまり詳しく書いてこなかったが、私は長年クラシックバレエをやっていた。思い出すと鬱になるような苦しい記憶ばかりの中で、ほんの少しだけキラキラ輝く思い出があり、そのほんの少しのキラキラをときおり取り出してみては、過去のがんばった自分を心の中で褒めたりしている。



どこのお教室の先生もそうだと思うが、私の恩師もそれはそれは厳しい人だった。先生は若くして海外に渡り、数年間バレリーナとして活躍するも、病によって志半ばで帰国を余儀なくされ、そのときの後遺症で片足を引きずるようになってしまった。先生はかつて本気で死と向き合ったという。







私が先生と初めてお会いしたのは、小学校の1年生か2年生の時だったと思う。いつも通りにレッスンに行くと、事務員さんが「あらぁ葉月ちゃん。どうしましょ、今日誰もいないのよ」と困った顔をして言った。



その日、偶然にも同じクラスの子たちは私以外全員インフルエンザで欠席だった上に、担当の先生も発熱し、ついさっき帰ってしまったのだそう。事務員さんが誰かに電話(内線)をかけて事情を説明すると、しばらくして「その子?」と低い声がし、奥から黒い服を着た女性が杖をつきながら現れた。それが、私のようなぺーぺーの生徒が初めて間近に見る大先生のお姿だった。



大先生は、「今日は私がレッスンしましょう」とおっしゃった。あとから母が言うには、「心臓が凍るかと思った」らしい。大先生は普段、選抜クラスのレッスンしかしない雲の上のような人だったため、まさか自分の娘が恐れ多くもそのお方のレッスンを受けさせてもらえることになるとは、夢にも思わなかったのだという。



当時は母のそんな心も知らない私。突然現れた見知らぬ先生を見て、「誰このおばさん」と思っていた。笑



先生はとても優しかった。「指先まできちんと気をつけてて偉いわね」とか、「お膝がとても綺麗に伸びてるわね」とか、きっと小さい子のレッスンなんてめったに見ることがなかったのだろう。まるで幼稚園生に接するかのようにたくさん褒めてくださり、私は照れ臭くなりながらもとても嬉しかった。



先生は履いていた長ズボンをまくりあげ、動くほうの脚でお手本を見せてくださるのだが、子ども心にもその脚の美しさに見惚れてしまった。当時の先生はおそらく60代後半。現役から退いてずいぶん経つはずなのに、膝下から足首にかけて美しくしなるその御御足は、バレエをやる人がみな喉から手が出るほどに欲する高い甲をも備えていた。



先生は、教師用のシューズを脱いで裸足の足を見せながら、「つま先はね、ここからこうやって伸ばしましょうね」と丁寧に説明してくださった。その時に初めて目にした、バレエダンサーの鍛え抜かれた足裏の筋肉を、私は今でも強烈に覚えている。その時は「わあ、すごい」くらいにしか思わなかったが、その何年後かに選抜クラスに入った私は、「自分もあんな脚と足裏を手に入れたい!」と切望するようになった。



私にとって大先生は、憧れでもあり、恐れ多くも目標とする人物でもあった。








レッスンは時間にしてほんの40分程度だったと思う。バーレッスンのみで終了した。小さい子のセンターレッスン(フロアで踊るレッスン)をするには、上級生のクラスと違って教師がお手本を見せなければならないので、大先生にはできなかったのだ。



しかしたった40分とはいえ、私はぐったりと疲れ果てていた。何か特別なことを教わったわけではない。むしろ普段のレッスンよりも簡単な内容で、先生も優しかったが、先生の発するオーラのようなものに圧倒され続けたために、知恵熱のような状態になっていたのだと思う。



私が先生に連れられてレッスン室を出ると、更衣室にいた上級生たちがシーーーンと静まり返ってこちらを見てきたのでビビった。先生は、さっきまでの優しい声とは全然違う冷たい声で、「ちょっと早いけど始めるわよ」と言い、上級生たちは慌てた様子でバタバタとレッスン室に入って行った。



先生は事務所で待つ母のところまで私を送ってくださり、私が最後に振り向いてお礼の挨拶をすると、にっこりと優しい笑顔で「とても上手だったわよ。これからもがんばりなさいね!」と言ってくださった。長い師弟関係の中で、私が先生のこんな笑顔を見たのは、この時と、そしてずっとあとになってからのもう一度だけである。



このときの事は、私の知らないところで大騒ぎになっていたらしい。「大先生自ら個人レッスンをつけていたあの子は誰!?」と上級生たちを戦々恐々とさせ、保護者たちの間では「なんて名前の子!?」「どこの資産家のお嬢さん!?」と噂になっていたと、だいぶあとから聞かされたのであった。笑



つづく。
(…と思う)




「私のバレエ史」つづけています。よろしければこちらもぜひ。↓

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