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スキも共感もいらない| “評価軸”から自由になる文章術

「スキ」や「共感」があふれるnoteの世界。
その優しさに救われた日もあったけれど、
気づけば、評価の目を気にして書くようになっていた。

だから私は今、もう一度“本能で書く自由”を取り戻したい。


▼この記事を書いている私自身については、こちらにまとめています。


バカみたいな新シリーズを、始めます。

フリーランスの日常シリーズ⑱で、

宣言します!

私、
これからnoteでは、
本能の赴くまま、好きに自由に書いていきます!

って宣言してみたり。
▼詳しくは、こちら

⑲では

だから私は、“共感されない文章”を書くことにした。

って書いてみたり。
▼詳しくは、こちら


みんな、思うよね。

「この人、バカなの?」って。

そんな人いたら、私だって
「この人ばかなの?」って思う(笑)

でも、どうしても、本能の赴くまま、好きに自由に書いていきたくなったし、“共感されない文章”を書いていきたくなった。

そこで!
そんなバカみたいなシリーズを書いていこうと思う。

シリーズ名は、
「スキも共感もいらない」シリーズ

うん。
私って、本物のバカかもしれない(笑)

スキも共感も、いらない。

「スキも共感もいらないなら、noteをやめればいい」

……みんなそう思うよね。

だって、noteは 「スキ」や「共感」があふれている、優しい世界だから。
心温まる話も多いし、自分の経験をシェアして、次の人が困らないようにバトンを渡してくれる人もいる。

そんな記事を読むたび、
「みんな、すごいな~。私、まだまだだな~」
って思う。

そこには、落ち込むようなネガティブな気持ちはないんだけどね。
(私、ポジティブ+自己肯定感高い人だからね。笑)

でも。
そういう記事を読んでいると、どうしても、こんな気持ちが出てきてしまうんです。

「みんなから“すごい!”って思われたい」
「“共感しました”“感動しました”って言われたい」
「もっと“スキ”がほしい」

そんな、ちょっとした虚勢。
自分を少しでもよく見せたいという、邪(よこしま)な気持ち。

……そうすると、文章が濁る。
私の中にある“澄んだ気持ち”をそのまま書きたいのに、ほんの1滴でも邪な気持ちが入ると、全体がにごってしまう。

最近、その“にごり”を自分の中に感じるようになってしまった。

共感は、ちゃんと尊いと思っている

誤解のないように言っておきたい。

私は、共感を否定しているわけじゃない。
むしろ、共感は尊いと思っている。
だって、共感文章を書くことが、私の仕事だから。

仕事では、論理的に全体を構成しながら、その中にしっかり“共感”を埋め込んでいく。

だからこそ、売れる文章になるし、人の心を動かす文章になる。

それが、セールスライティングだし、セールスレターやステップメールの役割でもある。

そして、noteのような優しい世界でこそ、共感の力がいちばん美しく輝くことも、ちゃんと知っている。

ただ、今の私は。
仕事ではない、このnoteの世界では、その共感の“外側”にある言葉を書きたくなった。

“にごり”のない、澄んだ文章を書きたくなった。

ただそれだけ。

そこに敵意はない。
静かに、少しだけ距離を置いてみたくなっただけ。

まとめ|書くことは、自由の願い

たとえ「スキ」がゼロでも、共感がひとつもなくても、私は書きたい。

だって、書くことは、私にとって“呼吸”のようなものだから。
誰かに届くかどうかよりも、自分の思考とまっすぐ向き合うことに、いちばんの意味があると思う。

「スキも共感もいらない」

その言葉の奥にあるのは、反抗心でも、強がりでもなくて。

ただ、“自由でありたい”という、小さな願いだけ。

今日も、自分の心の中の静かな声をすくいながら、少しずつ、言葉にしていこうと思う。


この記事は、「スキも共感もいらない」シリーズ、第1話でした。
▶次回、第2話は こちら



最後まで読んでくださり、本当にありがとうございます。
共感でも、スキでもなく、「なんかちょっと考えたな」と感じてもらえたら、それがいちばん嬉しいです。

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