努力は、好きじゃない。というか、無理。
「努力」という言葉がどうしても苦手だ。
苦しさより、“好きだから続く”を大切にしたい。
言葉のイメージに気づきながら、がんばらずに積み重ねる生き方を選んできた。
そんな、やさしい積み重ね論の話です。
この記事は 「フリーランスの日常」シリーズの ㉒ です。
▼前回は、こちら
はじめに:努力って、なんだろう?
最近、「努力不要」という言葉をよく見かける。
とくに、企業案件のリサーチでいろいろなLP(セールスレター)を読むと、この言葉が本当によく出てくる。
「努力不要でできる!」
「楽しい努力に変えよう!」
ライターとして、この言葉を使いたくなる気持ち……
よくわかる(笑)
だって、伝えやすいから。
「努力しなくていいなら、私もできるかも!」って思ってもらえそうだから。
でも私は、この言葉を意識的に避けてきた。
なぜなら、「努力」という言葉には、“大変・つらい・我慢” のイメージがつきまとってしまうから。
たとえ「不要」や「楽しい」を付け足しても、読み手の頭には、
先に“努力=苦しい”が浮かぶ。
「努力」という言葉が出た瞬間、ライターとしても母としても、なんだか“負け”た気持ちになってしまう。
つまり私は、“努力する・努力しない”という概念そのものが好きじゃない(笑)
言葉には“イメージ”がついてくる
実は、私が「努力」という言葉を避けている理由はもうひとつある。
それは、言葉には、必ずイメージがついてくるということ。
たとえば、朝、子どもを学校へ送り出すとき。
「転ばないように、気をつけてね」
「けがをしないようにね」
こう声をかけて送り出すと、 それまで全く意識していなかった“転ぶ・けがする”というイメージが頭に浮かんでしまう。
だから私はいつも、
「楽しんでおいでね〜」
と言って、子どもたちを送り出す。
そのほうが、子どもが“どんなふうに過ごすか”のイメージが、ポジティブに切り替わる気がしている。
最近、長女からおもしろい話を聞いた。
長女は塾でバイトをしているのですが、生徒に大量のテキストを渡すときの声かけに工夫があるそうで。
生徒は大きな束を見て
「こんなにたくさんあるの?!大変すぎる……」
とネガティブになりがち。
でも渡す側のバイトの子たちは、
「これでさらに力がつくね!」
「ここから点数がもっと伸びるよ、楽しみだね!」
と、“ネガティブにならない言葉”をかけるように指導されているんだって。
「なるほど。だから子どもは前向きに取り組めるんだ」と納得した。
ふと、私の言葉のかけ方を振り返ってみた。
私がふだんやっている“言葉の選び方”も、どうやら塾と同じ。
言葉ひとつで、人の心の向きは変わる。
だったら、できるだけ明るいほうへ向く言葉を使いたい。
その延長で、「努力」という言葉も、私は避けているのだろう。
辞書を見たら、やっぱり苦手だった(笑)
念のため、「努力」という言葉を辞書で調べてみた。
努力=目標の実現のため、心身を労してつとめること。ほねをおること。
……やっぱりね。
どう読んでも、ネガティブ寄りだよね。
だって私、ほねは折りたくないもん。
ほねをおるほど、がんばりたくもない(笑)
だから私はずっと、「努力する」ではなく “積み重ねる” という言葉を使ってきた。
“積み重ねる”には
・苦痛がない
・自分のペース
・好きだから続く
みたいな、あたたかいポジティブなニュアンスがある。
“積み重ね”なら続けられる
noteが続いているのも、この感覚。
「努力して書く」ではなく、 “書くのが好きだから、積み重なってる”だけ。
楽しいから続く。
好きだから続く。
書けば書くほど、アイデアが浮かんでくるから続く。
ただ、それだけの話。
私がこれまで続けてきたものって、全部
「好きだから」
「楽しいから」
の気持ちがある。
だから、私は「努力」が必要なものからは、潔く距離を置く。
それでいいと思っている。
だって、ほねはおりたくないから(笑)
“大変・つらい・我慢” も苦手だから。
まとめ|がんばらない私で、ちゃんと続いていく
「努力しなきゃ」と思うほど、心は重くなる。
でも、「積み重ね」ならできる。
私はこれからも、 “苦しい努力”より“日々の積み重ね”を続けていこう。
そのほうが、私は楽しい。
そのほうが、私は嬉しい。
そのほうが、私は好き。
ほねをおらなくても、人生はちゃんと前に進むから。
この記事は「フリーランスの日常」シリーズ ㉒ でした。
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