絵本制作の楽しみ方
はじめに
小さく折った紙を開き、最初の見開きへ一匹の動物を描く。次のページでは少し離れた場所へ移し、さらにめくると、思いがけないものと出会わせてみる。まだ下書きの線しかないのに、紙をめくる動きが加わった瞬間、ばらばらだった絵が一つの物語として歩き始めます。
絵本を作ってみたいと思っても、「絵が上手でなければ難しいのでは」「長い物語を書けないと完成しないのでは」と感じるかもしれません。けれど、絵本に必要なのは、細密な絵や複雑な筋書きだけではありません。丸と線で描いた人物、短い言葉の繰り返し、写真や切り絵、色紙の形だけでも、ページをめくる前後に変化があれば一冊の世界をつくれます。
最初から出版物のような仕上がりを目指さず、コピー用紙を数枚折った小さな試作から始めると、絵本制作はぐっと身近になります。物語、絵、文字、余白、紙の形を少しずつ組み合わせながら、自分の手の中にだけ存在していた景色を一冊へ育てていく趣味です。
絵本制作の基本情報
主な楽しみ方 短い物語と絵を組み合わせ、ページをめくって読める一冊へ仕上げる
おすすめの頻度 月2回前後。短い下書きやアイデア整理は、思いついた日に少しずつ進める
1回の制作時間 約90〜120分
短時間で楽しむ場合 約30〜40分から。物語の種を一つ書く、見開き一場面だけ描くといった区切り方ができる
主な制作場所 自宅の机や個人作業スペース
最初の完成目標 表紙を含めて8〜12場面ほどの小さな試作絵本
始めやすさ 紙と筆記具があれば試せる一方、文章、絵、ページ構成を同時に完成させようとすると迷いやすい
天候の影響 ほとんど受けない。散歩や取材で集めた景色を自宅で作品へ戻すこともできる
絵本制作は、文章を書く趣味と絵を描く趣味を一冊の中で結びつけた活動です。ただし、必ずしも一人ですべてを担当する必要はありません。物語を考える人と絵を描く人が組んだり、家族と一緒に話を作ったり、写真や版画、刺繍など自分が得意な表現を使ったりしても構いません。
読む相手も子どもだけとは限りません。幼い子どもへ語りかける絵本、家族の記憶を残す絵本、大人が静かに眺める絵本、旅や自然を記録する絵本など、誰に、どのような時間を届けたいかによって形は変わります。絵本らしさは対象年齢だけではなく、絵と言葉とページをめくる動きが一緒に働くところにあります。
絵本制作にかかる費用
絵本制作は、手持ちの紙と鉛筆だけならほとんど費用をかけずに始められます。一方、画材を増やす、デジタル機器を使う、印刷会社へ製本を依頼するといった段階へ進むほど、費用の幅が大きくなります。
紙と筆記具だけで試す初回費用 0〜1,500円ほど
基本的な画材をそろえる費用 3,000〜10,000円ほど
一冊の試作に使う紙・印刷・製本材料 300〜1,500円ほど
家庭用プリンターでカラー試作する費用 用紙とインクを含めて500〜3,000円ほど
印刷会社へ少部数の製本を依頼する費用 仕様により数千円から1万円台以上
月2回ほど制作する場合の年間費用 手描き中心なら5,000〜30,000円ほど
初めは、コピー用紙、画用紙、鉛筆、消しゴム、黒いペン、色鉛筆など、家にあるものを確認します。物語の下書きとページ構成を考える段階では、高価な画材や厚い製本用紙は必要ありません。失敗を気にせず何度も描き直せる紙のほうが、最初の一冊には向いています。
水彩絵の具、パステル、マーカー、切り絵用の色紙などを購入する場合も、基本色と使いやすい紙から始めます。多くの色をそろえるより、自分の物語に必要な色を数色選ぶほうが、絵本全体の雰囲気をまとめやすくなります。
デジタル制作では、すでに持っているパソコンやタブレットを使えば、追加費用を抑えられます。描画やレイアウトに使うソフトには無料のものと有料のものがありますが、絵本制作だけを理由に、最初から新しい端末や高機能なソフトを購入する必要はありません。紙に描いた絵をスマートフォンで撮影し、文字だけデジタルで加える方法でも一冊を形にできます。
印刷会社へ依頼するときは、本の大きさ、ページ数、部数、紙、カラー印刷、表紙の厚さ、綴じ方によって料金が変わります。ハードカバーの一冊見本は存在感がありますが、最初の確認用としては家庭用プリンターやコンビニ印刷で十分です。内容を直すたびに本格製本を頼むのではなく、紙の試作を何度か重ねてから見積もりを取ると、費用も手戻りも抑えられます。
販売や公募、自費出版を考える場合は、印刷代のほかに、校正、データ調整、見本発送、イベント出展、梱包、送料などが加わることがあります。趣味として一冊を作る費用と、多くの人へ届ける費用は分けて考えると、制作そのものを無理なく続けられます。
絵本制作をおすすめする3つの理由
1.ページをめくる動きまで表現にできる
一枚の絵では、描かれている場面を同時に眺めます。絵本では、次のページを開くまで先の景色が見えません。この見えない時間を使い、「何が出てくるのだろう」「この人物はどこへ行くのだろう」と読む人の想像を動かせます。
たとえば、左のページで小さな足跡を見つけ、右のページで森の奥へ続かせる。次の見開きで足跡の主を見せる代わりに、空っぽの巣だけを描く。絵の技術が同じでも、何を今見せ、何を次まで隠すかによって、物語のリズムは大きく変わります。
ページをめくった瞬間に色を明るくする、登場人物を急に大きく描く、横長の風景から小さな部屋へ移るといった変化も使えます。紙を開く手の動きそのものが演出になるところは、絵本制作ならではの面白さです。
2.絵と言葉が、互いに足りない部分を支え合う
絵本では、文章ですべてを説明する必要がありません。「雨が降っていました」と書かなくても、窓の水滴や濡れた靴を描けば伝わります。反対に、絵だけでは見えない音、匂い、記憶、心の声を、短い言葉で添えることができます。
文章と絵が同じ内容を繰り返すより、それぞれに少し違う役割を持たせると奥行きが生まれます。文章では主人公が「平気だよ」と話していても、絵の中では手を強く握っている。読む人は、言葉の表面だけではない気持ちを想像できます。
絵が得意でなくても、短い線や形で動きを伝え、言葉で場面を補えます。文章に自信がない場合は、色や表情を中心にして、言葉を繰り返しや擬音へ絞ることもできます。得意なものだけで押し切るのではなく、二つの表現を行き来しながら一冊の調子を探せます。
3.何気ない記憶を、一冊の小さな世界へ変えられる
絵本の題材は、大きな冒険や特別な出来事だけではありません。朝の台所で湯気が立ったこと、帰り道で丸い石を拾ったこと、飼っている動物がいつも同じ場所で眠ることなど、日常の一場面も物語の入口になります。
実際に見たものをそのまま記録してもよく、そこから少しだけ想像を広げても構いません。「この石が夜になると歩き出したら」「冷蔵庫の中の野菜が順番を相談していたら」と考えると、見慣れたものに新しい役割が生まれます。
完成した絵本は、自分で読み返す作品にも、家族への贈り物にもなります。子どもの言葉や旅の記憶を残した一冊は、市販の本とは違う時間を抱えています。誰かに見せる予定がなくても、数枚の紙へ一つの世界を閉じ込めること自体が、穏やかな創作になります。
最初の一冊は、小さなダミー本から始める
絵本制作で最初に作りたいのは、完成原稿ではなく「ダミー」と呼ばれる試作です。ダミーは、本番の絵を描く前に、ページの順番、文章の量、場面の大きさ、めくったときの変化を確かめるための簡単な見本です。
コピー用紙を数枚重ねて半分に折り、中央をホチキスで留めるだけでも作れます。表紙から最後のページまで番号を書き、各見開きへ棒人間や四角い枠で場面を置きます。この段階では、絵を美しく仕上げるより、どこで何が起こるかが分かれば十分です。
ダミーを手に取ってめくると、文章だけでは気づきにくかった問題が見えてきます。似た場面が続いている、主人公が突然別の場所へ移っている、大事な出来事が一ページに詰まりすぎている、といった点を早い段階で直せます。
一度ですべて決めようとせず、最初のダミーは鉛筆書きにします。二冊目でページ数を調整し、三冊目で絵の大きさや文章の位置を考えるくらいでも構いません。薄い試作を重ねることが、本番の一枚へ向かう近道になります。
物語の種は、一文から育てる
長いあらすじを最初に書こうとすると、どこから始めればよいのか分からなくなりがちです。まずは「誰が、何をしたいのか」を一文にします。
「小さな鳥が、自分だけの歌を探しに行く」
「眠れない月が、夜の町へ降りてくる」
「赤い手袋が、持ち主の帰り道を探す」
この一文が決まったら、主人公が最初にいる場所、途中で出会うもの、最後にどのような変化が起こるかを三つに分けます。絵本では出来事を増やすことより、中心となる一つの変化を分かりやすく見せるほうが、まとまりやすくなります。
最初の作品には、繰り返しの形も向いています。主人公が三つの場所を順番に訪ねる、三人へ同じ質問をする、少しずつ大きなものに出会うといった流れです。基本の形が繰り返されると、読む人は次を予想でき、その予想が少し外れるところに面白さが生まれます。
物語を考えるときは、教訓を先に決めすぎなくても構いません。「やさしくしましょう」「努力は大切です」という結論から逆算すると、登場人物が答えを説明するためだけに動いてしまうことがあります。主人公が何を見て、何を選び、最初と最後でどのように変わったかを描けば、受け取り方は読む人へ残せます。
誰に読んでもらうかを、ぼんやりでも決める
絵本を作る前に、読む人を一人だけ思い浮かべてみます。年齢を細かく決められなくても、「言葉の音を楽しむ人」「少し不思議な話が好きな人」「眠る前に静かに読みたい人」と考えれば、文章と絵の方向が見えやすくなります。
幼い子どもを主な読者にするなら、声に出したときの分かりやすさ、絵から状況を想像できること、繰り返しや音の楽しさが大切です。年齢が上がるにつれて、長い物語、人物の気持ち、時間の変化、言葉と絵のずれなども扱いやすくなります。
ただし、対象年齢だけで表現を単純にしすぎる必要はありません。子どもは、言葉の意味をすべて説明できなくても、色、表情、音、繰り返しから多くを受け取ります。知らない言葉を一つ入れたり、答えを一つに決めない終わり方にしたりすることもできます。
大人向けの絵本では、文章を減らし、余白や色の変化へ時間を持たせる方法があります。昔の記憶、孤独、季節、仕事、家族との距離など、短い言葉だからこそ静かに残る題材もあります。誰に向ける場合も、読み手へ何かを教えるというより、一緒にページを歩いてもらう気持ちで構成すると自然です。
絵本の文章は、声に出して整える
絵本の文章は、目で読むだけでなく、誰かが声に出して読むことがあります。下書きができたら、椅子に座って最初から最後まで実際に読んでみます。
声に出すと、息が続かないほど長い文、似た語尾の連続、説明が重なっている場所に気づけます。画面上では短く見えた文章でも、一冊を通して読むと重たく感じることがあります。反対に、少し繰り返したほうが心地よい場面も見えてきます。
擬音や擬態語を使うときは、かわいらしい響きだけで選ばず、場面の速さや重さに合う音を探します。雨なら「ぽつ、ぽつ」「ざあざあ」「しとしと」で景色が変わり、足音なら「とことこ」「どしん、どしん」「たったった」で人物の大きさや気持ちまで変わります。
文章を短くすることは、情報をすべて削ることではありません。絵を見れば分かる説明を外し、その場面でしか聞こえない言葉を残します。文字を取り除いたことで絵が語り始めることも、絵本を整える楽しさの一つです。
見開きごとに、何を見せるか考える
絵本を開いたとき、左右の二ページは一つの「見開き」として目に入ります。片側だけを順番に描くのではなく、開いた状態で人物の位置、視線の向き、文字の場所、余白の広さを考えます。
主人公が左から右へ進む構図は、次のページへ向かう流れを作りやすくなります。反対に、右から左を向かせる、画面の端で立ち止まらせる、出口を見せないといった構図は、迷いや緊張を表すことがあります。必ず同じ方向へ進める必要はありませんが、人物の向きが読む手の動きへどのように影響するかを見ると、画面の意味が深まります。
毎ページを細かな背景で埋めると、重要なものが見つけにくくなります。大きな絵の次に白い余白を置く、遠景の次に顔を大きく描く、にぎやかな場面のあとに一つの物だけを残すなど、密度へ変化をつけます。
文字も、空いた場所へ後から押し込むのではなく、絵の一部として場所を決めます。人物の顔や重要な動きを避け、背景との明暗差をつけ、読みやすい大きさを保ちます。文章の位置が毎ページ大きく変わると視線が迷うため、基本の置き方を決めつつ、特別な場面だけ崩すと効果が出ます。
絵が得意でなくても選べる表現方法
絵本の絵には、写実的に描く方法だけでなく、色鉛筆、水彩、クレヨン、パステル、版画、切り絵、貼り絵、写真、スタンプ、布、刺繍、デジタル画など、さまざまな表現があります。人物を上手に描けない場合は、動物や道具を主人公にしたり、丸や三角を組み合わせた形で表したりできます。
切り絵や貼り絵は、描線に自信がなくても、紙の形と色で画面を作れます。色紙を手でちぎれば柔らかな輪郭になり、はさみで切ればすっきりした形になります。同じ型を少しずつ動かして使うと、登場人物の姿をそろえやすいことも利点です。
写真を使うなら、身近な人の顔をそのまま掲載するだけでなく、影、足元、手、食器、石、草花などを撮り、別の物語へ組み替える方法があります。人や私有地、店舗の商品などが写る場合は、公開範囲に応じて撮影や掲載の許可を確認します。
一冊の中で複数の技法を使うこともできますが、最初は主な表現を一つ決めると統一感が出ます。水彩を中心にして大事な部分だけ色鉛筆で描き込む、切り絵へペンで表情を加えるなど、補助的に組み合わせると扱いやすくなります。
大切なのは、一般的な意味で上手な絵を並べることではありません。物語の温度に合う線、色、形を見つけ、次のページまで同じ世界が続いていると感じられることです。
最初に用意したい道具
最初の一冊は、下書きと試作に使うもの、仕上げに使うものを分けて考えます。
試作に必要なもの
・コピー用紙または薄い画用紙
・鉛筆、消しゴム
・黒いペン
・はさみ
・ホチキスまたはクリップ
・付箋
付箋は、場面の順番を入れ替えるときに便利です。一枚に一場面を書いて机へ並べれば、物語の途中を移動したり、似た場面を外したりできます。
手描きで仕上げる場合に用意したいもの
・作品に合う画用紙や水彩紙
・色鉛筆、絵の具、クレヨンなど好みの画材
・筆、パレット、水入れ
・耐水性のペン
・定規
・カッターマット
・紙を保管するファイル
紙は画材との相性があるため、本番前に端紙で試します。水彩を使うと薄い紙は波打ちやすく、マーカーは裏へ抜けることがあります。色、にじみ、消しゴムの跡、乾いた後の反り方を確かめてから原画へ進むと安心です。
デジタルで整える場合にあると便利なもの
・スマートフォン、スキャナー、カメラのいずれか
・パソコンまたはタブレット
・画像編集やレイアウトができるソフト
・データを複製して保管する場所
・家庭用プリンターまたは外部印刷サービス
最初は、液晶タブレット、高性能なスキャナー、専門的な印刷機器までそろえなくても構いません。手元の端末で試作品を撮影し、文字を配置して印刷するだけでも、ページ全体の確認はできます。
手描きとデジタルは、途中で行き来してよい
絵本制作では、手描きかデジタルかを最初に一つへ決め切る必要はありません。鉛筆で下書きをし、紙へ水彩で描き、撮影した画像をパソコンで明るさだけ調整し、文字を配置するという組み合わせも一般的な進め方です。
手描きには、紙の凹凸、絵の具のにじみ、切り口の揺れなど、同じものを完全には再現できない魅力があります。デジタルには、色や大きさを調整しやすく、文字の修正やページの入れ替えがしやすい利点があります。
原画を取り込むと、画面上の色と印刷した色が違って見えることがあります。特に淡い水彩、鮮やかな蛍光色、細かな鉛筆線は、撮影や印刷で印象が変わりやすいため、いきなり全ページを出力せず、一場面を試し刷りします。
取り込んだ原画は、修正前のデータも残します。画像を上書きし続けると、色を戻したいときや別の印刷方法を試したいときに困ります。「原画」「調整済み」「文字入り」「印刷用」のようにフォルダーを分けると、一冊分のデータを見失いにくくなります。
一冊を完成させる基本の流れ
1.物語の中心を一文にする
主人公、望んでいること、最後に起こる変化を短くまとめます。すべての場面が、この中心とつながっているかを後で確認できます。
2.場面を付箋へ書き出す
一枚の付箋に一場面を書き、机へ順番に並べます。文章ではなく、「森で鍵を拾う」「三つの扉を試す」のような出来事だけでも構いません。
3.小さなダミーを作る
紙を折って冊子にし、表紙から最後まで場面を割り振ります。ページをめくったところで驚きや変化が生まれるよう、見せる順番を調整します。
4.文章を声に出して読む
長い説明を削り、同じ語尾や言葉の重なりを整えます。読んでいる途中で息が苦しくなる場所は、文を分けるか絵へ任せます。
5.各見開きの小さな構図を描く
完成サイズへ直接描かず、数センチほどの枠の中に人物、背景、文字の位置を置きます。この小さな構図をサムネイル、またはラフと呼ぶことがあります。
6.本番の絵を制作する
紙の大きさと向きをそろえ、必要なら下書きを別紙から写します。一枚ずつ完成度を上げるより、全ページの下書き、着色、細部というように同じ工程をまとめると、絵の調子をそろえやすくなります。
7.文字と絵を組み合わせる
手書き文字を使う場合も、位置と大きさをダミーで確認します。デジタルで文字を置く場合は、書体の利用条件を確認し、画面だけでなく紙へ印刷して読みやすさを見ます。
8.一度、本の形で読み直す
画面上のページ一覧だけではなく、実際に両面印刷して綴じます。文章が中央の綴じ目へ入りすぎていないか、絵が端で切れていないか、めくる順番が正しいかを確認します。
9.第三者に読んでもらう
「面白かったか」だけでなく、「どこで迷ったか」「主人公が何をしたかったように見えたか」「ページを戻った場所はあったか」を聞きます。作者が説明しなくても伝わった部分と、説明が必要だった部分を分けられます。
10.完成版を一冊にする
家庭で綴じる、コピー店で印刷する、印刷会社へ注文するなど、目的に合う方法を選びます。贈り物や保存用の一冊なら、表紙を厚くする、見返し紙を付けるといった装丁も楽しめます。
印刷や製本を頼む前に確認したいこと
印刷会社へ依頼する場合は、先に入稿用のテンプレートと説明を確認します。同じ「A5」「正方形」「ハードカバー」という呼び方でも、対応するページ数、背表紙の幅、画像の解像度、データ形式、色の扱いは事業者によって異なります。
背景や絵を紙の端まで印刷する場合は、裁断時のずれに備え、仕上がり線より外側まで絵を広げる「塗り足し」が必要です。3ミリ程度を指定する印刷所は多くありますが、自己判断で数値を決めず、注文先のテンプレートに合わせます。文字や顔など切れて困るものは、仕上がり線から少し内側へ置きます。
ページ数の数え方にも注意が必要です。表紙、見返し、扉、奥付を本文へ含めるかどうかで、物語に使える見開き数が変わります。本格的な製本を検討しているなら、絵を完成させる前に見積もり画面や仕様書で確認します。
初回注文では、一冊または少部数の見本を作り、色、文字の大きさ、紙の透け、綴じ目、裁断位置を確かめます。画面では明るく見えた絵が暗く印刷されたり、厚い紙で本が開きにくくなったりすることもあります。販売分をまとめて注文するのは、見本へ必要な修正を反映してからにします。
読み手の反応は、作品を決めつける答えではない
絵本を誰かに読んでもらうと、作者が想像しなかった場所で笑ったり、何も説明していない小物を見つけたりすることがあります。その反応は、正解を判定する試験ではなく、作品の中で実際に何が届いたかを知る手がかりです。
子どもに読んでもらう場合は、最後まで静かに聞けたかだけで判断しません。同じページへ戻る、絵を指さす、途中で質問する、登場人物の動きをまねることも、作品と関わっている反応です。
一度の反応ですべてを書き直す必要もありません。誰に読んでもらったか、その人が普段どのような本を読むかによって受け取り方は変わります。複数の感想で同じ場所が分かりにくいと言われたら、絵と文章のつながりを見直します。
作者が大切にしたい余白と、単に情報が足りない部分は別です。説明しないことを選んだ場面なのか、描き忘れたため伝わらなかったのかを考え、自分の作品に必要な修正だけを取り入れます。
安全に、無理なく制作を続けるために
絵本制作は座って行う時間が長くなりやすいため、作業を一工程ごとに区切ります。文章を一時間考えたら立って飲み物を取りに行く、着色が一場面終わったら肩を回すなど、作品の区切りを身体の休憩にも使います。
紙へ顔を近づけ続けると、首や肩、目へ負担がかかります。机と椅子の高さを調整し、原稿を真正面に近い位置へ置きます。画面を使う場合も、明るさと文字の大きさを見やすくし、ときどき遠くへ視線を移します。
カッターを使うときは、机を傷つけないためだけでなく、刃を安定させるためにカッターマットを敷きます。金属製の定規を使い、身体の方向へ刃を引かず、使い終えたらすぐ収納します。小さな刃、針、クリップ、紙片は、子どもやペットの手が届かない場所へ片づけます。
スプレー式の定着剤、接着剤、画材用の溶剤を使う場合は、製品の表示に従って換気します。飲食物の近くで使わず、皮膚に付いたときの処置や火気への注意も確認します。絵本制作に特別な安全装備が常に必要なわけではありませんが、使う画材ごとの扱いを守ることが大切です。
公開、応募、販売の前に確認したいこと
自分で作った文章と絵は、完成した時点から創作物として大切に扱います。同時に、他人の作品、写真、キャラクター、歌詞、地図、書体、素材などを使う場合は、公開や販売が認められているかを確認しなければなりません。
インターネット上で見つけた画像は、検索で表示されたからといって自由に使えるものではありません。「無料素材」と書かれていても、商用利用、加工、クレジット表示、印刷物への使用、販売部数などの条件があります。利用規約を保存し、どの素材をどこから入手したか記録しておくと、後から確認できます。
文章と絵を別の人が担当する場合は、完成後に慌てないよう、名前の表示、公開場所、販売方法、収益の分け方、翻訳やグッズ化などの二次利用について話し合います。親しい相手との共同制作でも、決めた内容を文章で残しておくと、お互いの作品を守れます。
公募へ応募したい作品は、制作途中を公開する前に応募要項を読みます。賞によっては、ウェブ上への掲載、電子書籍や自費出版、別の公募への応募を「発表済み」とみなし、応募できなくなることがあります。生成AIの使用可否、共同制作の扱い、原画の大きさ、ページ数、返却方法なども公募ごとに異なります。
作品を知ってもらうために公開したいのか、未発表作品として応募したいのかを、完成前に決めておくと安心です。迷っている間は、全文を公開せず、身近な人だけに見せる方法もあります。
個人的に一冊作って楽しむだけなら、ISBNや販売用のコードを取得する必要はありません。書店流通や広い販売を考える段階では、利用する出版サービスの仕組み、契約、印刷部数、在庫、納本などを改めて確認します。作品を完成させることと、出版事業として届けることは、別の工程として考えられます。
途中で止まった作品を、捨てずに残す
物語はできたけれど絵が進まない、数ページ描いたところで雰囲気が変わった、最後の場面だけ決まらないということは珍しくありません。止まった作品を失敗として処分せず、日付と仮題を付けて一つの封筒やフォルダーへまとめます。
しばらく離れてから見ると、物語全体ではなく、一場面だけが別の作品に使えることがあります。主人公を変える、文章をすべて外して絵だけにする、反対に絵を描かず言葉の作品へ戻すなど、完成の形を変えても構いません。
長い作品が止まったときは、最も好きな場面だけを四ページほどの小さな本にします。一冊を短く作り直すと、何を描きたかったのかが見えやすくなり、後から長い版へ戻れることもあります。
完成数だけを増やすより、未完成の紙に残った色や言葉を次の作品へ渡すことも、創作を続ける一部です。絵本制作では、使わなかった場面も、次の物語の種になります。
続けるほど変わる五つの楽しみ方
第1段階 紙を折り、短い一冊を最後まで作る
最初は、表紙を含めて数場面の小さな絵本を完成させます。物語の複雑さや絵の完成度より、最初のページから最後のページまで実際にめくれる形へすることを大切にします。
一冊を作ると、自分が物語、絵、文字、製本のどこを特に楽しんだのかが見えてきます。苦手に感じた工程も分かるため、次は文章を減らす、切り絵を使う、製本だけ人に頼むといった選択ができます。
第2段階 ページをめくるリズムを整える
次の作品では、場面の順番と見開きの変化へ目を向けます。似た構図を続けるところ、急に大きな絵を見せるところ、言葉のないページを置くところを考えます。
ダミーを何度か作り直し、声に出して読むと、一冊の速さが整ってきます。絵を一枚ずつ仕上げるだけでは見えなかった、ページ同士のつながりが制作の中心になります。
第3段階 自分に合う言葉と画材を見つける
水彩のにじみ、色鉛筆の細い線、切り絵の輪郭、写真の現実感など、物語に合う表現を選べるようになります。文章も、会話を中心にする、擬音を繰り返す、語りを静かに進めるなど、自分が心地よく扱える調子が見えてきます。
すべての作品を同じ作風にそろえる必要はありません。作品ごとに技法を試しながら、「この題材にはこの色が合う」と判断できることが、自分の表現を育てます。
第4段階 一冊の外側へ世界を広げる
気に入った主人公を別の季節に登場させる、一つの町を舞台に複数の物語を作る、植物や食べ物など共通の題材で作品群をまとめるといった広がりが生まれます。一冊だけでは描けなかった時間や人物を、別の絵本へ渡せます。
原画展のように絵を並べる、制作ノートをまとめる、読み聞かせ用の大きな版を作るなど、本とは違う見せ方も考えられます。作品の世界を増やすほど、色、言葉、人物の約束事も少しずつ明確になります。
第5段階 読む人へ届く形を自分で選ぶ
完成した絵本を家族へ贈る、少部数を印刷する、展示やイベントで紹介する、公募へ応募する、出版社へ持ち込むなど、届け方を選びます。販売や出版だけが最終地点ではなく、読み聞かせで一度だけ誰かと共有することも立派な広がりです。
人の反応を受けて作品を直すこともあれば、誰にも見せず、自分の本棚へ少しずつ一冊ずつ増やすこともできます。大切なのは、外から見える規模ではなく、自分が描きたい世界と、作品を受け取ってほしい相手に合う方法を選ぶことです。
あわせて楽しみたい関連する趣味
手製本
手製本は、紙を折り、糸や接着剤で綴じ、表紙を付けて一冊の本へ仕立てる趣味です。絵本の内容だけでなく、紙の手触り、開き方、表紙の布や色まで自分で選びたい人に向いています。
児童文学
児童文学に触れると、子ども向けという枠だけでは語れない、短い言葉の奥行きや物語の運び方に出会えます。人物の気持ちを説明しすぎずに見せる方法や、世代を越えて残る題材を考える手がかりになります。
詩集
詩集は、少ない言葉の音、間、余白を味わう読書です。絵本の文章を短く整えたいときや、説明ではなく響きや景色を残したいときに、言葉を置く感覚を広げてくれます。
紙をめくった先に、まだ見えていなかった景色を置く
絵本制作は、物語を書き終えてから絵を添える作業でも、完成した絵を順番に並べる作業でもありません。言葉を一つ減らしたことで絵が動き、ページを一枚入れ替えたことで人物の気持ちが伝わる。小さな調整を重ねながら、読む時間そのものを作っていく趣味です。
次の休日には、コピー用紙を数枚折り、表紙へ仮の題名を書いてみてください。最初のページに一人を置き、最後のページで少しだけ違う姿にする。その間に何があったのかを考え始めたとき、まだ白い紙の中で、一冊目の物語はもう動き出しています。
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