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「会社ごっこ」を卒業し、「会社」として生存する。――赤字の垂れ流しを止めた、二年の再構築

【前回までのあらすじ】

虐待認定という最悪の事態を受け、私は「体裁を整えて逃げる」のではなく「全てを根本から洗い直す」という茨の道を選びました。

委員会に対して進展を報告し、信頼を回復するための日々。
しかし、経営判断と現場の意識の間には埋めがたい「ズレ」が横たわっていました。
経営の実情を伝えきれず、去っていく職員たち。過剰な配置による赤字経営。心身ともに限界を迎えながらも、私は「泥沼」を泳ぎ切るしかなかったのです。

監査が「合格」でも、地獄は終わらない

虐待認定という絶望の淵から這い上がるのに、気が遠くなるような時間がかかった。
監査でようやく「問題なし」という評価を得たのは、発覚から1年後のことだ。

しかし、そこから先が本当の闘いだった。

組織の改善が一通り完了し、「会社」としてまともに機能し始めたと胸を張れるまで、結局2年という月日が流れた。

この2年間、私は経営者として何が正解なのかを身を削りながら問い続けた。

第三者委員会:敵から、最強のパートナーへ

虐待防止委員会という第三者組織を、監査後もあえて継続させた。

正直に言えば、最初は彼らを「会社の弱みを突いてくる監査の延長」のように感じ、心のどこかで警戒していた。私を追い詰め、不備を指摘する敵だとすら思っていたのだ。

しかし、委員会での対話を重ねるうちに、その認識は完全に覆された。

彼らは会社を攻めるためではなく、あくまで「利用者の尊厳を守り、支援の質を高める」という共通目的のために、時に厳しく、しかし本質的な助言を投げかけてくれていたのだ。

彼らは最初から、会社をより良くするための真のパートナーであったと、ようやく理解できた。
その証拠に無償であり、監査が終わり必要なくなったはずの私の会社への支援を続けてくれた。

私は彼らの善意と専門性に敬意を払い、その客観的な指摘を社内の意思決定の軸に据えた。
月日が経つうちに、委員会での議論は、私の意図を代弁し、独りよがりになりがちな職員への指導を論理的に補強する「強力な武器」として機能し始めた。

彼らの言葉が、職員を納得させるための「信頼できる指針」となり、組織全体の背骨を通す役割を果たしてくれたのだ。

経営者として、外部の専門家という「敵だと思っていた存在」を味方につけ、組織の規律維持という難題を共に乗り越える体制を築けたこと。

これが、私の経営において最初の大きな転換点だった。

「理想」が招いた赤字と、皮肉な離職

再建の当初、私は採算を度外視して「職員も利用者も満足する最高の環境」を作ることに全力を注いだ。

だが、待っていたのは赤字の垂れ流しという冷酷な現実だ。

そんな中、組織を襲ったのが「職員の離職」だった。

しかし、皮肉にもこれによって、するべき仕事の一つだった人員整理が解決されてしまった。

理想を追うだけで会社は守れない――。

療育の哲学と「取捨選択」

経営のスリム化のため、定員を20名から10名規模へ縮小するという決断を下した。

その際、私は「うちだけで療育が完結する子」と「他事業所との併用が望ましい子」を峻別した。

世の中には多くの療育事業所があり、それぞれに素晴らしい強みや個性がある。もちろん、うちの支援だけで療育のすべてが完結するのであれば、それはそれで一つの理想形だ。

しかし、一箇所に留まるよりも、複数の場所で多様な刺激を受け、それぞれの良さを吸収することこそが、その子の成長にとって最善ではないかと私は考えている。

療育に正解はないのだから。

だからこそ、うちは利用がゼロにならない範囲であれば、あえて他のデイサービスとの併用を勧めることがある。「うちだけにこだわらなくていい。他の場所で学べることもたくさんあるはずだ」と。

これは経営者としては減収を意味する判断に見えるかもしれない。だが、これは自社の専門性を明確にし、本当にうちが必要な子に注力するための「取捨選択」でもある。何より、それが支援者としての私の矜持であり、子供たちの未来を守ることにつながると信じている。

「会社経営」への脱皮

研修の徹底、書類の整備、体制の抜本的な見直し。
泥臭い作業を繰り返し、形を整えていく中で、組織はやっと「仲良しサークル」から「会社」へと脱皮した。未完成な部分は今も残るが、少なくとも「会社経営」と呼べるレベルには持っていけた。

次なる戦場:赤字からの脱却

体制が整った今、私の前に立ちはだかるのは「赤字の解消」という冷徹な現実だ。ここからは、管理者の解雇を含む、更なる経営判断のフェーズに入る。

当時、極度のストレスで食事が喉を通らず、ただ一口のご飯を飲み込むことさえ苦しかった。

そんな時、私の経営が救われたのは、自分の力だけではない。

昔なじみや新しい出会いが、あの一歩を踏み出そうとしていた私に手を差し伸べてくれたからだ。

彼らの存在がなければ、この会社はとっくに潰れていただろう。

すべての始まり

私が慢心し、すべてを破壊するきっかけとなった「あの頃」。 なぜ虐待という事態を引き起こしてしまったのか、私の経営者としての未熟さと過ちの全貌については、こちらの最初の記事に綴っています。

最後に

結局、虐待通報・認定などというのは私が悪い。

しなくていい経験なんだと思うが、今になって思えば成長させてくれた出来事だったと思う。

価値を感じていただけた方は、ぜひ「スキ」とサポートで応援していただけると幸いです。

いただいたチップは、私がこの経験を最後まで書き切り、次のノウハウとして言語化していくための貴重な燃料とさせていただきます。


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