非常時、夫婦の構造が見える
夫婦の話をするとき、
多くの人は「愛」の話をする。
でも、日常を回しているのは
実は「構造」だと思っている。
私はよく
愛3:構造7
という言い方をする。
愛は大事だ。
でも、愛だけでは日常は回らない。
日常は構造でできている
日常には見えない役割がある。
・送迎
・家事
・仕事
・子どもの生活
・時間の管理
これらが組み合わさって
一つの家庭の「運用」ができている。
普段は、それが当たり前すぎて
構造が見えない。
でも、非常時になると
一気に見えるようになる。
非常時は構造がむき出しになる
今回、私は骨折した。
すると、すぐに起きたのは
機動力の消失
歩けない。
急げない。
距離を移動できない。
これだけで
日常の運用は大きく変わる。
そこで重要になったのが
夫の送迎
だった。
正直に言うと、私は思っていた。
「送迎全振りだな」
「もう少し家のことしてくれたらいいのに」
と。
構造が止まるとストレスが生まれる
ある日、事故渋滞で
夫の迎えが来れなくなった。
誰も悪くない。
事故渋滞だから。
でも、その日私は
かなりストレスが溜まった。
なぜか。
それは
構造が止まったから
送迎というインフラが止まると
日常の運用が崩れる。
体が痛い。
時間がない。
迎えがある。
そして気づく。
誰が悪いわけでもないのに
ストレスは生まれる。
これは、
夫婦の感情の問題ではなく
構造の問題
なのだ。
非常時、愛は行動になる
翌朝、私は身体中が痛くて
起き上がれなかった。
その時、気づいた。
送迎のおかげで
骨折生活の日常が守られていたことに。
つまり
夫は家事をしていなかったわけではなく
日常インフラを担当していた
その日の夜、夫はナポリタンを作った。
それは完璧ではなかった。
味も少し違った。
でも、十分だった。
なぜならそれは
家事ではなく、ケアだったから
夫婦は役割で回る
夫婦関係でよくある衝突は
「やってくれない」
という感情だ。
でも、その多くは
本当にやっていないのではなく
役割が見えていない
だけだったりする。
送迎
家事
仕事
精神的な支え
それぞれの役割がある。
そしてそれは
非常時に初めて見えることが多い。
本音は消えない
私は夫に言った。
ありがとう。
でも、ストレスは溜まる。
これは矛盾ではない。
人は
理解していても、疲れる
からだ。
そして夫は言った。
溜まるもんは溜まるやろ。
でも出来ることはやる。
この言葉は
とても現実的だった。
愛だけでは回らない
夫婦は、理想では回らない。
優しさだけでも回らない。
日常は
・構造
・役割
・運用
で回っている。
でも、構造だけでも続かない。
ナポリタンの夜のような
小さな温度が必要だ。
だから私は思う。
愛だけでは日常は回らない。
でも、愛があるから、お互いの不完全を許しながら回していける。

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