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「フォロバ外し」って奥義?いや、姑息なだけでしょ

フォロバ狙いで外す人って、なんなん?

フォロワー整理をしてみた。

すると、ちらほら見えてきたのが「フォロバ狙いでフォローして、こっちが返した途端に外していく人」。

え?ほんとに?

最初は気のせいかと思った。でも、何人か見ていくうちに「これは……そういうことなんだろうな」と確信に変わっていった。

いやいや、フォローってそういう使い方だったっけ?
一瞬だけつながるふりをして、数字だけ持っていく

まるで、試食コーナーで一口だけ食べて「はい、もう用済み」って立ち去る人を見ているよう。


「人としてどうなの?」の気持ち


正直、こういうのを見てしまうと、「人としてどうなの?」って思ってしまう。

別に、全員に好かれたいわけじゃない。
読みたくないなら無理にフォローしなくていいし、興味がないならそのままでいい。

でも、「相手の見栄えに利用されてる」って思うと、なんとも言えない虚しさが残る。

こっちは「わざわざありがとう」って気持ちでフォロー返したのに、秒で外されるって……拍子抜け。


数字の見栄えって、そんなに大事?


フォロワー数<フォロー数の人を見ると、「地道に発信を続けたのかな」って思うこともある。

けど、こういう出来事があると、「いや、もしかして姑息な方法で数字を集めただけなのかも?」って疑ってしまう。

もちろん、全員がそうとは限らない。
だけど、そういう人が一定数いるのは確か。

「数字の見栄え」のためにコツコツやってるふりをしてる人を見ると、ちょっと残念な気持ちになる。


それでも残る人たち


ただ、一周回って思うのは、
そういう人は勝手に離れていけばいいということ。

残ってくれる人は、たとえフォロワー数が目当てだとしても、ちゃんと返してくれてるなら、お互い様出し、それで十分。

もちろん、読んでくれる人もいる。

数字に振り回されると疲れるけど、数字の中身を見直すと「ちゃんと繋がってる人」が見えてくる。

むしろ、外れていった人たちのおかげで「残ってる人のありがたさ」に気づけたのかもしれない。


結局、笑うしかない


「フォロバ狙い外し」なんて姑息な技を目撃してしまうと、最初はイラッとする。

でも、考えれば考えるほど「そんなことで必死にならなくてもいいのに」と思えてきて、最後はちょっと笑えてしまう。

フォローもフォロワーも、人との関係の入口でしかない。

数字が欲しいなら自販機で買えば?とか、嫌味の一つも言いたくなるけど、私はやっぱり、ちゃんと温度を持ってつながれる人とやっていきたい。

——だから今日も、フォロワー整理のシンクで笑う私。
いや、シンクじゃないか。気づけば心のシンクに積み上がっていたのは、外れていった人じゃなくて、残ってくれる人へのありがたさだった。


最後まで、お読みいただきありがとうございます。

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ポッチャリ夫と島暮らし|家庭と社会のはざまを綴る人 ギブ&テイクの「ギブ」をそっと差し出せるあなた✨その生き方、すごくかっこいいです。きっと、心の余白作りが上手なんでしょうね。その秘訣、ぜひ、教えてください!☺️