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【100円でコメント買いたい?】:コメントを売る時代に思うこと

「20部限定の100円記事が即完売」

先日、こんな記事を見かけた。

リード文だけで有料部分はゼロ字。
じゃあ何を売ったのかというと、「10日間あなたの記事にコメントします」というサービスだった。

正直、最初に見たときはびっくりした。
「コメントを買う」って、なんだかサクラみたいじゃない?


買う人の気持ちもわかる


でも少し考えてみると、買う側の気持ちも理解できる。
noteを始めたばかりだと、読んでもらえているのか不安になる。スキだけより、やっぱりコメントがあると温度感が違う。「ちゃんと届いてるんだ」って実感できるし、孤独がやわらぐ。

コメントを“保証”してもらえるなら安心だし、「交流の第一歩」としては有効かもしれない。


売る側のリスク


一方で、売る側の印象はどうだろう。
その人はもともと、誰にでも積極的にコメントを残すタイプで、「この人が来てくれると記事が明るくなる」みたいな存在だった。

でも「コメントを売る」サービスを始めてからは、有料購入者に優先的にコメントするようになった。

そりゃそうだ。タダで誰にでもコメントしてたら、お客さんが「なんで自分だけ特別じゃないの?」って思ってしまうかもしれない。

結果的に、「〇〇さんは金を払わなきゃコメントしてくれない人」という印象がつきかねない

それって、せっかく築いてきた信頼やキャラを削ってしまう危うさがある気がする。


中長期で考えると…


短期的には「即完売」で注目も浴びるし、購入者も「コメントがもらえる」ことで喜びを得られる。お互いに得があるように見える。


でも、中長期で見たときにどうだろう。
「この人はコメントをする=仕事」という印象が定着してしまえば、もともとの“自然な交流”の価値が薄れていくかもしれない。

やがて「お金を払わないと関わってくれない人」というイメージが先行してしまうと、積み上げてきた信頼や人柄の魅力が損なわれてしまう。

ビジネスとして「添削」「コンサル」に舵を切るならアリだと思う。

でも“交流”を売るとなると、そのあいだにある曖昧さが、長い目ではボディブローのように効いてくる気がする。

その人の今後を、観察してみようかな。



信頼はお金で買える?


アルゴリズム的にはコメント数が増えれば有利かもしれない。

だけど、本来コメントって「つけてもらえたから嬉しい」以上に、「わざわざ言葉を残してくれた」という信頼の積み重ねだと思う。

そのやりとりが“金銭取引”に置き換わった瞬間、交流の意味がちょっと変わってしまう

交流をお金に変えるのもアリだと思う。だけど“コメント”という日常会話に値札を貼ると、『島の立ち話1回100円』みたいな世界を想像してしまうのは、私だけ?



「おはよう」が有料になったら


もし日常の暮らしの中で、朝すれ違うたびに「おはよう」って声をかけ合うのに、1回100円かかるとしたらどうだろう。

最初は「交流にお金を払うのもアリか」と思うかもしれない。でも毎日払っているうちに、「おはよう」そのものの温度が冷めてしまいそうじゃない?

交流って本来、自然に生まれるもの。
だからこそ温かいんだろうな、と改めて思った。


最後まで、お読みいただきありがとうございます☺️

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普段はエッセイメイン。
でも、たまにnoteに物申したくなる時がある。


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ポッチャリ夫と島暮らし|家庭と社会のはざまを綴る人 ギブ&テイクの「ギブ」をそっと差し出せるあなた✨その生き方、すごくかっこいいです。きっと、心の余白作りが上手なんでしょうね。その秘訣、ぜひ、教えてください!☺️