時速三百キロ以上の男
課長「やあ、資材課長の石黒だが、きみが経理課のカナイくんかね?」
カナイ「……ええ、ボクが経理課のカナイです」
課長「きみがいま我が社で何かと話題の『ヘルメットにレーシングスーツ姿の人物』こと、経理課のカナイくんかね?」
カナイ「……ええ、いかにも、ボクが『ヘルメットにレーシングスーツ姿の人物』こと、経理課のカナイですが」
課長「不躾なことを聞くが、きみはF-1レーサーじゃないよな?」
カナイ「いいえ、ボクはヘルメットにレーシングスーツ姿の人物ですが、経理課のカナイです」
課長「だが、時速三百キロ以上出しそうな格好だ」
カナイ「時速三百キロ以上出すのはマシンの方ですからね」
課長「F-1カーのことを自然に『マシン』と呼んだな」
カナイ「F-1カーのことを自然に『マシン』と呼んでしまったことが気にさわったのなら謝ります」
課長「いや、いいんだ。それより普通のスーツは着ないのかね? その格好は暑いだろう」
カナイ「契約がありますから」
課長「契約?」
カナイ「スポンサーとの契約です」
課長「スポンサーとの契約?」
カナイ「『スポンサーとの契約』という言い方が気に障ったのなら謝ります」
課長「かまわない。それより昼食はまだかな?」
カナイ「ええ、クルーの連中が手間取ってまして、食べ損なってしまいました」
課長「クルーの連中?」
カナイ「『クルーの連中』という言い方が気に障ったのなら猛省して謝ります」
課長「いや、それはいい。では、今から一緒にどうかな?」
カナイ「よろこんでピットインさせていただきます」
課長「ピットイン?」
カナイ「申し訳ありません。『ピットイン』などと発言してしまいましたことを深く……」
課長「おいおい、そんなにヘルメットを床に擦り付けないでくれ」
カナイ「そうですか……」
プルルルル……
カナイ「……おっと、失礼」
課長「電話かね?」
カナイ「いえ、無線が」
課長「無線?」
カナイ「申し訳ありません。セッティングに問題ありとのことなので、急きょ呼び出しです」
課長「クルーの連中からかね?」
カナイ「ええ、ですから昼食の方はリタイアさせていただきます」
課長「……そうか、残念だ」
カナイ「では急ぎますので」
ブォォォォーーーーン……
……
課長「……速いな」
部長「どうだった?」
課長「ヘルメットにレーシングスーツ姿なだけで、F-1レーサーではないと」
部長「彼らしいな」
課長「ただ、部長がおっしゃっていた通りの好人物でした」
部長「ああ、彼は好人物だ」
(終)
