総務課のマッド・ドッグ
来客「あなたが『総務課のマッド・ドッグ』こと、及川さんですか?」
及川「いかにも、わたしが『総務課のマッド・ドッグ』こと、及川です」
来客「……本当ですか?」
及川「ええ」
来客「なんだか、イメージしていた方と違って……」
及川「……『総務課のマッド・ドッグ』っぽくないのでしょう?」
来客「そうです、そうです」
及川「……なんでしたら、噛みつかせていただきましょうか?」
来客「いえ、噛みつかせていただかなくて結構です」
及川「ホッとしました。お会いした方をがっかりさせたくなくて、あえて野蛮な行為に及ぶこともありますので」
来客「それは、おつらいでしょう」
及川「ええ。自己矛盾で心が真っ二つに張り裂けそうな時もありますよ」
来客「しかし、なぜあなたのような温厚そうな方が『総務課のマッド・ドッグ』などと呼ばれるように?」
及川「……あ、真っ二つで思い出しました。ふたつ。英語で言うと何でしたっけ?」
来客「ツー……ですか?」
及川「ツーでしたね。『ツー』を『トゥー』と言うのはいいんです」
来客「は?」
及川「『チーム』を『ティーム』と言うのも、百歩譲って良しとしましょう」
来客「及川さん?」
及川「いや、『トゥー』や『ティーム』で統一してくれるならまだいいんです。わたしが許せないのは、『ツー』や『チーム』が混ざってくる実況なんですよ。そんな時はもう、イライラして、ついつい、いも焼酎を飲みすぎて……」
来客「あの、何の話をしてるんですか?」
及川「スポーツ中継の実況アナについての不満をぶちまけてるんですよ」
来客「え? マッド・ドッグの由来の話では?」
及川「ああ、うっかりしてました。由来の話でしたね」
来客「マッド・ドッグということは、イヌが関係しているとか?」
及川「イヌですか……」
及川「イヌといえば、むかしむかし鬼ヶ島へ鬼退治に行ったんですよ。サルもキジもイヌも連れず、単独で。無謀な話だと思うでしょう? ところがどっこい、退治できちゃったんです。それから村へ帰ってみたら、あれはカタカナの『オニ』で、弱い方だったんですよ。漢字の強い方の『鬼』じゃなかったことが判明しましてね。もう一度、イヌ、サル、キジをしっかり引き連れて鬼ヶ島へ行き、漢字の『鬼』の方を退治しに行くのも面倒だったので、公務員試験を受けましてね。無事合格して、その後は地道な人生を送りましたとさ。めでたしめでたし、と」
来客「お、及川さん? 何を長々と話してるんですか?」
及川「……えっ、おもしろ昔話を披露する流れじゃなかったんですか?」
来客「違いますよ」
及川「これはたいへん失礼いたしました」
及川「おっと、こんな時間だ。では、失礼しますね」
スタコラサッサ……
来客「……マッド・ドッグだなあ」
(終)
