ショートショート 小さなオルゴール
去年のクリスマスから今年のクリスマスまでの1年間、サンタクロースは北極圏のどこかにある家で暮らします。暖かくて快適な、サンタクロースのための家です。
家のすぐそばにはトナカイの小屋があります。1年に1回のその日にあわせて、トナカイたちはしっかりと栄養をとり、トレーニングも欠かしません。
サンタクロースの家は三階建です。1階は、お客さんをもてなす階。滅多にこないけど、人間のお客さんや、トロルや、ホッキョクギツネや、それからシロクマなんかが来ます。なにしろ寒いのに頑張って来てくれるお客様です。しっかりもてなせるよう、1階はちょっと豪華にできています。
2階は、おもちゃ作り工場です。家に工場なんて大げさかと思うかもしれませんが、ここで働いているのは働き者の小人たちです。彼らにとってはここはとてつもなく巨大な空間です。工場では、クリスマスに子供たちに配るおもちゃが作られています。小人の小さな手で丁寧に。なにしろ小さな、小さな手なのでどんな細かい作業もお手のもの。木のおもちゃからゲーム機までなんでも作ってくれます。
3階は、サンタクロースの秘密の部屋です。ほんとうに小さな部屋で、煙突くらいしかありません。ここにベッドと、小さな机をおいて、サンタクロースは長い長い北極圏の夜を過ごします。
机の上には、メガネと、本と、あと少しの文房具。それに小さなオルゴールがおいてありました。このオルゴールは壊れていて、音楽を奏でる鍵盤が一つ欠けていました。サンタクロースは毎晩、ちょっとずつこのオルゴールをなおしているのです。小人に頼めばあっという間なのに。機械いじりがあまり得意でないサンタクロースがやるので、もう随分となおせないままでいました。どうして小人に頼まないかというと、これは、子供のおもちゃではないからです。サンタクロース自身の宝物でした。
12月の1日の日でした。夜中にサンタクロースが机に向かって小さく声を上げました。ついに、オルゴールがなおったのです。ネジを回します。音楽がなりました。それは、こんな音でした。
※リンク先でオルゴールの音楽が聴けます。
「後回しになってごめんよ。」と、サンタクロースはつぶやきました。
それから鳴り終わったオルゴールを眺めて、机の引き出しに仕舞い込みました。もうとっくに手遅れだと思ったからです。
このサンタクロースは経験が浅くて、まだ、ただの大人で、ただの大人なんてそんなもんです。自分自身の、本当に大事な事は後回し。
ため息が白く凍ります。かじかんだ手を擦り合わせて、眼鏡を外して、サンタクロースはベッドに潜り込みました。まだ、間に合うとしたら。一瞬頭をよぎります。いや、今は忙しい。子供達のための、長い長いクリスマスシーズンが始まるから。小さく首をふりました。草臥れ果てていました。大きく息を吐いて、目を閉じました。
…ほらね、また。
またひとつ、大事なことが後回しになりました。
ショートショート No.191

※このショートショートは
12月1日から25日までの25日間毎日投稿される連続したお話です。
連作ショートショート「泣き虫ジンジャーマンの冒険」(全25話)
第一週「サンタクロースと雪の怪物」1
連作ショートショート「泣き虫ジンジャーマンの冒険
1st week 「サンタクロースと雪の怪物」
「小さなオルゴール」
「雪の怪物」
「北極圏から徒歩5分」
「泣き虫と弱虫のジンジャーマンクッキー」
「どこかにある、なんでもある本屋」
2nd week「書房 あったらノベルズ」
「書房 あったらノベルズ」
「カフェ 空想喫茶」
「珈琲 小雪」
「宝写真館」
「趣味の店 緑のウール」
「洋菓子 トロワ」
「どこにでもいる、なんでもある本屋」
3rd week 「真っ赤な嘘つき帽子」
「阿蘭陀冬至 別れの始まり」
「勇者 あんどう」
「遊び人 たなか」
「戦士 こゆき」
「賢者 さんた」
「ねこの とうめい」
「誰かのための夜」
4th week 「サンタクロースと雪の怪物 (REPRISE)」
「雪の中のオルゴール」
「小雪の怪物」
「不思議なバタークッキー」
「サンタの家まで、あと5分」
「泣き虫ジンジャーマンの冒険」
「ひさしく まちにし」
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