「考えることが止まらない」僕が、唯一ほっとできる場所
ハノイの小さなカフェで、僕はベトナムコーヒーのグラスを前にぼんやりと座っていた。
周りの席から漏れ聞こえる話し声が、遠い波のように寄せては返す。
言葉の意味はわからない。ただの音の連なりとして、耳に優しく染み込んでくる。
落としたてのコーヒーをひと口すすると、深い苦味がまず舌を包む。
それは古い新聞のインクを煮詰めたような、無骨で静かな苦さ。
でもすぐに、練乳の甘さがゆっくりと追いかけてくる。
ここのカフェの練乳は、決して前に出過ぎず、それがいい。

窓の外では、バイクのエンジン音が響いてくる。
その音が、店内のベトナム語のリズムと抑揚に絡み合って、まるで都会の片隅でふと始まったジャズの即興演奏のように聞こえる。
僕はただそこにいて、意味の取れない音の波に身を委ね、コーヒーの余韻を口の中で転がしている。
ベトナム通なんですかって?
いやいや、僕はベトナム語を全く話せないし、もちろん聞き取れもしない。
カフェで注文するのだって、身振り手振りでコーヒーとバインミーを頼むので精一杯だ。
それでも、この場所は僕にとって、静かな癒しの隠れ家。
その理由は、僕のちょっと不思議な脳の特性と関係がある。
見えるもの聞こえるもの、全ての意味を考えてしまう脳
僕の脳は、見えるもの聞こえるものすべてに意味を探してしまう癖がある。
お医者さんによれば、ADHDっていう発達特性らしい。
そんな僕は、街を歩いていても、意識は四方八方に散らばってしまう。
「あの看板の意図はなんだろう。」
「あの人は道に迷っているんじゃないか。」
おかげで家に帰ると、いつもぐったりだ。
めんどくさそう?
その通り、もうめんどくさくてかなわない。
でも、これは小さい頃からずっとそうなんだ。何十年経っても変わらない。

同じカフェだったとしても、もしこれが日本のカフェなら、レジに並ぶだけで、僕の頭の中はこんなふうに回り始める。
「あの店員さん、慌ててるみたい。新人かな。注文をまとめて伝えた方がいいかも。ドリンクから先に言うとレジ打ちやりやすそうだな」
「このポップ、アニメのコラボだな。広告効果はどう測るんだろう。ターゲット層が違う気もするけど……」
「前の人がフラペチーノ頼んでる。これだけの量のピーチを単発で仕入れられるって、どこの商社の扱いなんだろう」
「ベテランっぽい人が後ろの注文聞いてる。シナモンロール、そうそう温めた方がおいしいよね」
「席はどこにしよう。今日は学生が多い。みんな勉強に集中してるみたいだ。試験が近いのかな」
こうやって文字に起こすと完全に不審者である。
ここから何かうまいビジネスアイデアでも生まれれば話は別だけど、あいにく僕にはビジネスの才覚がないらしく、この特性がお金につながったことは、ない(泣)
それでも、レジ前のほんの数分で、これぐらいの事はいつもアタマを駆け巡ってる。
たぶん、言葉には出してないので不審に思われてはいない、はずなんだけど。
「適度な意味を持たない刺激」がちょうどいい
でも、言葉の通じない国にくると、すべてが「意味を持たない」図形や音として僕の脳に飛び込んでくる。意味を強要されない。
それは僕にとって、心地よいヒーリングミュージックのよう。
そう、だから僕は日本を出ないと、脳が休まらない。
「一人キャンプとかいいんじゃない?」って言われることもあるけど、
僕にとって「森や海の音」は情報量が少なすぎて逆効果。
むしろ思考が捗って、昔のことを掘り返して考え続けてしまったりする。
僕の脳が求めるのは、適度な「意味を持たない刺激」、らしい。
やれやれ、まったく面倒くさい脳みそだ。
あなたの脳の休まる場所は?
僕の脳みそが特殊だってことは理解してる。
でもずっと頭のどこかで、どこかに同じような仲間がいるんじゃないか、とも思ってる。
あなたも、もしかして僕と同じような悩みを持ってる人ですか?
あなたの脳が休まる場所はどこですか?
良かったらコメントで、ぜひ教えてください。
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