【連載小説】『星喰いの檻』第2章/第13話|近未来ダークファンタジー|異能力バトル|
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第13話 侵食は静かに始まる
朝の柔らかな光が、局長室の窓から差し込んでいた。
しかし、室内の空気はいつも以上に重たい。
「…拘束した能力者数、二十二名。その全てに因子の異常反応が見られる--死傷者が出なかったのは、幸いと言えるでしょうね」
蓮池がデスクで報告書を静かに読み上げる中、近藤は無言で脇に立ち、千堂は部屋の端で端末を操作していた。
報告に来ていた修司は撃たれた太腿を固定した状態でソファに座り、流真は壁際で待機している。
その後、手短に挨拶を済ませた医療課長が、今回の事件についての検査報告を始める。
「まず『蠍座』--佐相莉愛についてです。現在意識不明、因子反応が不安定で精神状態の崩壊傾向も確認されてます」
説明を一度区切り、医療課長は端末を操作すると重要項目とされる点の説明へと繋げる。
「——特筆すべきは、彼女自身の毒反応が著しく低下していることです」
「自分の毒が、自分に返っているということか?」
「因果関係としてはそれに近い状態ですね」
近藤と医療課長のやり取りを聞いていた蓮池が、一つ頷いて口を開く。
「御堂くんについては?」
「因子反応が以前とは変質しています……原因は現時点で不明。両眼の色素変化も確認されており——既存データとの一致は見られません」
そこまで無言で聞いていた修司が、医療課長へ声をかける。
「……御堂本人は?」
「認識の混線症状、他者との視界共有に近い反応も確認されました。現在は鎮静剤を投与し、検査観測中です」
報告を終え、全員がしばし無言になる。
「…『獅子座』」
呟くような修司の声に室内の空気が変わる。
張り詰めた空気の中、蓮池は報告書から目を上げると、修司へ続きを促す。
「『獅子座』という名前が出た」
「……間違いないのですか?」
「『蠍座』いや、佐相莉愛が口を滑らせました。確保後に聞き出した内容と合わせると——ヤツは『獅子座』の指示下で動いていた可能性が高い」
修司のその言葉を聞き、しばらく黙っていた蓮池は千堂へ目を向けると指示を出す。
「ISCA本部に照会を……『乙女座』にも確認を取るよう、連絡してください」
「了解しました」
指示を受けた千堂は、すぐ端末を操作していく。
「くそ…」
近藤が一言吐き捨て、腕を組んだ。
「首筋がピリつく…嫌な感じだ」
「近藤くん」
蓮池が苦い表情の近藤を見た。
「アレは…進化じゃない。御堂に起きていることは——もっと別のモノだ」
近藤のその言葉に、誰も口を開かなかった。
各自が考えを巡らす中、蓮池はもう一度報告書に目を落とした。
書かれた内容を整理すると、眼鏡のブリッジを軽く直す。
(…観察対象として、見ないといけませんね)
彼の顔にいつもの微笑みはなく、眼鏡越しの瞳には組織の「長」としての責任感が浮かんでいた。
---◇---
報告会を終え、情報部の自分のデスクに戻った千堂は、改めて手元の資料を広げた。
司のデータ、流真のデータ、莉愛のデータ…そして--銀行事案で人質となった少女のデータ。
基本情報から順番に目を通していく。
因子能力、『適星』前後の反応値、現状確認可能な数字がそこには記載されている。
司のデータを確認中、ある数字に目が止まった。
(……『適星者』ではない)
ISCA内にある既存の星座分類と照合したが、一致しなかった。
過去の『双子座』のデータをそこに並べてみる--その方向性は近い、でも、違う——ただそれに近い「何か」が混ざり込んでいる。
(なら、これは何だ?)
膨大なデータ、様々な経験をしてきた千堂が答えを出せない案件は、珍しかった。
固まった思考を切り替えるように次のデータに目を移す--人質となった少女のデータ。
莉愛との接触記録、発現直後の因子反応、毒による変質の記録——各種の数値を見ていく。
「……この数値…」
データを精査していると、千堂の中で引っ掛かるモノがあり、司のデータと見比べる。
--変質の向きが、似ていた。
完全に一致するわけではない……でも、莉愛の毒と因子能力の発現が組み合わさった時の変質方向が、司と少女で近い軌跡を描いていた。
(……まさか)
途方もない推論が千堂の脳内に浮かんだが、確証はなかった。
そんな可能性、これまで考えもしなかった…膨大な情報を有しているISCA本部にも存在していないだろう……可能性。
急いで結論付ける必要はないと、千堂は情報端末を閉じる。
「……観察を続ける」
誰もいない部屋に、その言葉だけが残った。
---◇---
医療棟の特別治療室近辺は静かだった。
流真は廊下の椅子に座って、ガラス越しに司のいる部屋を見つめていた。
ベッドで眠っている司は鎮静剤が投与され、備え付けられたモニターが不規則な動きを見せていた。
両目は閉じていたが、その瞼の下で「何か」が動いているような気がした。
ゆっくりと深呼吸をしてから、『流体感知』で司を調べてみる。
(おかしい--因子が、流れている)
通常、能力者の因子はその場に留まる。
だが司の因子は——全身を循環していた。
司の内側を止まる事なく回り続けている。
(……変だ)
もう少し深く感じようと、ガラス窓に手をつけて、顔を近付け、司の様子を確かめようとした時。
--司の目が、唐突に開いた。
驚いた表情の流真と、一瞬視線が合う……金の瞳。
でもその一瞬で、流真の視界に別の景色が混ざり込んでくる。
知らない天井、知らない光の角度…自分ではない誰かの視点から見たーーこの部屋の景色。
(な、に……これ)
同時に、流真の心拍が乱れ、因子がノイズを拾うと廊下を歩く人の動線が、一瞬だけ消えた。
危険信号に反応した因子が活性化仕掛けた時には司の目は閉じられ、視界の共有が切れていた。
激しい動悸と、突然の因子活性に落ち着こうと流真はガラスから手を離し、一つ、息を吐く。
(……今、何が)
改めて司に視線を向けると彼は何も知らない顔で、静かに呼吸していた。
因子の流れも変わらず、回っている。
「……起こしたく、なかったんだけどな」
流真の小さな呟きを、聞いた人間はいなかった。
---◇---
廃病院の地下シェルターは暗かった。
内部のコンクリートの壁には多くの機材が並び、モニターの光だけが部屋の内部を薄く照らしている。
「『蠍座』が拘束され、『適星者』の回収も失敗ですね」
長身に白衣の男から溜め息混じりに報告されても、百瀬重蔵は、怒りも動きもしなかった。
五十代半ばの白髪混じりの金髪を無造作に伸ばし、道着を羽織ったその体格は、人間のそれとは少し違う質量があった。
道場の師範——そう言われれば納得する佇まいの男は、ただ立っているだけで空気を変える「圧」を備えていた。
「……そうか」
一言だけ呟くと、声を出さずに静かに笑う。
その笑みは正に「獲物を見つけた猛獣」そのもの。
「こいつは…面白くなってきたな」
太い腕を組んでそう言って笑う百瀬に、白衣の男--研究員は端末を操作しながら報告の続きを話し出す。
「御堂司——『適星者』ではありませんね、既存分類に該当なし。処理対象として——」
「違うな」
百瀬は振り返りながら、研究員の言葉を遮る。
その目に威圧感はなかったが、研究員は言葉を咄嗟に止めた。
「アレは"途中"だ」
「……途中、ですか?」
「まだ「変わっている」最中ってことだな」
百瀬は研究員から端末を取り上げて、映し出された司のデータを見た。
「処理するには、惜しい」
部屋の端には、体格のいい男が静かに立って百瀬の言葉を聞きながら、片手でペンを回している。
百瀬は端末を近くの机に置くと、立ち尽くす研究員に対して静かに指示を出す。
「次の段階に入れ」
「……『因子活性剤』の投与を継続する、ということですか?」
「ああ。ただし——」
研究員に目を向け、百瀬は続ける。
「アレはまだ不安定だ……莉愛の因子を材料にしている以上、毒性の割合が安定するまでは選別を続ける」
「基準は?」
「壊れなきゃいい…変質に耐えられるヤツ、暴走を超えられるヤツ」
その返しに息を呑む研究員から目線を外し、百瀬は何もない壁を見た。
「もっと揺らせ……壊れ方を見せろ」
その声は穏やかで--それが余計に、言葉の意味を重くした。
「『星』は——極限でしか定着しない」
---◇---
天河市の朝は、いつも通りだった。
オフィスビルには多くの人が入っていき、公園では子供が走り回り、コンビニからは男女の客が出ていく。
--路地裏だけが、違った。
二人の男が向き合っていて、その一人の目が赤く染まっていた。
呼吸は荒く因子が制御を失い、腕の筋肉が異常に膨れ上がっている。
もう一人は後退りしながら自分の手を見ていた。
「なんで——なんで俺」
路地の奥で空き缶が転がり、誰かが走って逃げた。
自分達に与えられた執務室で待機していた修司のスマホが通知を告げ、彼はその画面を見る。
「能力者暴走事件発生。現場封鎖要請--天河市東部、路地裏。第一報」
画面を閉じた修司は、太腿の固定具に手をあてた。神経毒は抜けたものの、まだ動くには制限がかかる--でも、動けないわけではない。
「…手が足りんな」
痛む脚を無視してスマホを操作しながら、修司は廊下に出て行くのだった。
