【連載小説】『星喰いの檻』第1章/第12話|近未来ダークファンタジー|異能力バトル|
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第12話 毒の崩壊と、蛇の目
地面に倒れたまま、司は大きく息を吸った。
熱かった…吸い込んだ空気が、右手が、両目が、頭の芯が——全部、同時に燃えている。
熱さに耐えていると、莉愛の視界がまだ混ざってきた。
修司の膝をついた姿。
流真が崩れかけている様子。
自分を撃とうとする意志……それらが司の認識の中で、別の層として動き続けていた。
(——止まらない)
押さえても意味がないとわかっていても、頭を押さえる--そうするしか司には出来なかった。
全身の熱が鼓動に合わせるように巡り渡った--その時、何かが変わる。
変わった、というより——ハマった。
熱として流れ込んでいた何かが、逆流し始める。
莉愛の毒が、司の因子と噛み合わない異物として弾かれるのではなく、別の形で取り込まれていくような感覚。
元来の因子、謎の認識同調、そして莉愛の毒。
その三つが混ざり合い、強引に、無理やりに再構築されるような——痛みを伴う、収束だった。
(——なんだ、これ)
司自身でも理解できない「ナニか」が、「御堂司」の中で一つの形に落ち着こうとしていた。
この状況を把握しようと、莉愛は司を注視する。
完全に自分が優位な現状、全ての仕込みが完璧な動きをしている--それなのに。
(……おかしい)
自分の毒は効いている、はず。
第二段階まで蓄積して発動もした。
なのに、どうして今まで倒れたまま動けずにいた司が——立ち上がろうとしているのだ?
「……なんで?」
疑問が、声として小さく外に出た。
異常の質が、変わっている。
苦しんでいる……でも、崩れていく方向が違う。毒で因子を押さえ込まれて動けない、ではなく——何か別のものに変質していく様子。
「なんで…そうなる…」
謎の現象に戸惑いながらも莉愛はもう一度、司に拳銃を向けた。
引き金を引こうとした時--司がゆっくりと顔を上げ……互いの視線が交差した。
その金の瞳を捉えた莉愛の身体が——止まった。
止まれと命令したわけじゃない。
止める理由もないのに、止まった。
無意識に呼吸が、浅く速くなっている。
全身の筋肉が言うことを聞かず、頭が回らない。
判断が、思考が……緩やかに止まっていく。
(——なに、これ)
視線の先をよく見ると、司の金に光る右目の瞳孔が、縦に細く変わっていた。
それが何を意味するのか、莉愛は知らない。
ただ、本能の奥から襲ってきたある感覚。
——捕食者に、見つかった。
「っ——」
全てが固まった莉愛は息を飲むことしか出来ずにいた。
呼吸を整えた流真が顔を上げるとある変化に気づく。
--毒のノイズが、薄くなっている。
因子の制御が、少しずつ戻ってきて空気の流れが読み取れる。
水道管の微振動が届き、廃屋の中に存在するもの全ての動線が、再び輪郭を持ち始めた。
(——動ける)
改めて今の状態で莉愛を見てみる。
彼女の毒を制御する流れが乱れていた。
精密に因子制御されていたはずのそれが、明らかに揺らいでいた。
(毒の根元が、崩れてきている…)
脚に力を入れて立ち上がり、流真はペットボトルに残った分の水を全て出して形を整える。
安定しない水鞭の輪郭が、端から霧散しかけた。
それでも——現場の動線は読める。
莉愛がどちらに逃げるかが、流真には感じ取れていた。
「水瀬」
動こうとした時、修司に呼ばれた。
目を向けると、彼は膝をついたまま、顔色を悪くしながら片手を地面についていた。
ただ--その目は力強い光を放っている。
「俺のコートの内ポケット——手錠を、出せ」
流真は水鞭の一部を操作して、修司のコートに滑り込ませると、特製手錠を二組引き抜いた。
「ヤツの右肩だ…次に、足首」
指示が来た瞬間に流真は動いていた。
勢いよく伸ばした水鞭を、莉愛の右肩に絡ませると流真は手前に引っぱる。
「っ——放、せっ!」
よろけた莉愛は拘束を振り解こうとするも、そこに流真はもう一本の水鞭を足首に巻きつけて引き寄せる。
バランスを崩された莉愛は、前に倒れ込み、地面に手をついた。
その右手首に、水鞭が手錠を嵌める。
「枷——ひ…とつ!」
莉愛の右手首に手錠が嵌まった瞬間、苦し気に修司は指先を動すと、彼女の動きが重く鈍くなる。
間髪入れず、流真がもう一組の手錠を莉愛の首元へ押し当てた。
「枷——二つっ!!」
修司が絞り出すように声を上げると、莉愛の思考が強制的に鈍化していった。
「なっ…ち、くしょ…う、がぁ…」
それでも--莉愛は倒れない。
拘束されたまま、跪き、地面に両手をついた彼女は荒い息を吐いていた。
睨み付け打開策を探る莉愛の中に、司の認識が流れ込み始めた。
鈍った思考の中に、知らない気持ち悪い感覚が彼女を襲う。
他人の視界が混ざり、他人の認識が濁流のように流れ込んでくる。
これまで、莉愛が他者に「仕込んで」いたことと同じものが——逆に彼女を蝕んでいった。
「——なに、なんなの…」
声が震え、呼吸が、乱れる。
うまく、呼吸が出来ない--過呼吸で、因子制御まで不安定になっていく。
(…支配が、崩れる…)
毒が効かない、吐き気が止まらない--自分のモノではない認識が侵入してくる。
彼女を襲っているのは、それだけじゃなかった。
失敗した、という事実が——莉愛の中で、別の恐怖に変わっていた。
『獅子座』に……不要と判断される--その恐怖が、彼女の「支配」を崩壊させる最後の一押しとなった。
「あ…あ、ぁ……う、あぁ…」
「支配」が、毒が…「自分」が崩れる……自分を誰かが見ている——『喰われる』。
「……嫌だ」
声が出た。
「喰われる……嫌だ、嫌だっ——!」
その間も司の認識が、莉愛の中を走り続けた。
彼女という存在を「侵食」していくように……全てを「呑み込もう」と。
一度、大きく莉愛の身体が震えたかと思うと、その視線が地面に落ち--それ以上、彼女は耐えられなかった。
意識を失った莉愛が、その場に崩れ落ちる。
耳鳴りがするような静けさの敷地内に、荒い呼吸音だけが残っていた。
「……終、わった?」
呟くように口を開いた流真に、修司は地面に手をついたまま、目線を向ける。
「確保しろ——生かしたまま、な」
「……わかりました」
そう指示された流真は莉愛に近づくと、水鞭の拘束を維持したまま、抑制手錠を追加でかけた。
安堵の息を吐いた流真は、司へと目を向ける。
司はただ、そこに立ち尽くしていた。
彼の焦点がまだ揺れているのが、傍目にも見てわかる。
夜の暗闇でも判別出来る金色の両目--その右目の瞳孔は、まだ縦に細いままだった。
「……御堂さん」
流真の呼びかけに、司はゆっくりとした動作で流真の方を見る。
「——終わったか」
少し間が空いて聞こえた司の声は、いつもと変わらない温度だった。
でも、何かが違う。
流真には言葉にしなかったが感じ取れた--司の中の「流れ」が、以前とは別の形をしている。
見た目は司のまま……中身が変わったような違和感。
「上に報告する。御堂——お前のことも含めて」
「……わかってます」
「……わかってるか?」
声をかけた修司は司の目を見た--その金色の瞳が、修司を見返すだけだった。
廃屋の外で、寂しげに風が鳴った。
もう、元の自分には戻れない——そんな予感めいた感情だけが、司の中に残っていた。
