見出し画像

サクッと読む名作と水彩画 福沢諭吉『福翁自伝』で伝える合理精神

福沢諭吉と言えば『学問のすゝめ』。全体を貫くテーマは従来の封建的な道徳を厳しく批判し、西洋的な合理主義と自由主義を称揚している啓蒙論文。
 
『学問のすゝめ』の中で最も有名なのが、「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず」の冒頭部分で、これは、アメリカ独立宣言の一節をパラフレーズしたもの。

この冒頭部分を簡単に言い直せば、「人間はみな生まれながらに平等であって、能力、財産、身分の差はないはずである。
 
ところが、現実には賢い人もいれば、愚かな人もいる。貧しい人もいれば、裕福な人もいる。貴族もいれば、下人もいる。この差はいったい何なのだろうか」と問い掛け、それには学問が必要だよとしています。

では、どう学問するかを記したのが、晩年の著書『福翁自伝』です。
 
福沢諭吉が幼少期からもっていたのが、迷信や因習には一切従わないと言う合理精神。
 
周囲が反対しようと正しいと思ったら初志を貫くぶれなさ。

でも、彼の強さは決して意固地などではなく、人には決して嫌われない、「カラリと晴れた独立精神」でした。
 
福沢諭吉の青春は勉強に費やされます。昨日より今日の方が知識が増える喜び、それは向上感と言ってもいいようなもの。
 
医学者の緒方洪庵が主宰する大阪の「適塾」で、さまざまな勉強法を編み出します。
 
難しい蘭書を学ぶには、先ず「素読」をし、次に「釈読」、最後に「会読」で互いの意見を交換をし、オランダ語を理解してゆきます。
 
しかし、横浜に赴いた際に、そこでは英語が使われていて、今まで必死に学んで来たオランダ語が、時代遅れの言葉となっている事を知ると、その翌日から英語を学びま始めます。
 
その学習法は、勉強を好きでやる→それはワクワクする事→一生をワクワクする向上感を得るもの。
 
福沢諭吉が編み出した数々の勉強法は、集中して学ぶ期間を設定する。

師匠とも絶妙な距離を置く。仲間との競争を上手に活かす等々であり、それは短期間で彼を成長させ、緒方洪庵から22歳で塾長を任されるまでになったのです。


「最後までお読みいただきありがとうございました!当アカウントでは主に、本や読書についての感想や思い、そんな思いを詩などの創作作品にして毎日更新しています。

次回の記事を見逃さないよう、ぜひフォローとスキで応援していただけると嬉しいです!」


いいなと思ったら応援しよう!

ヘッセ よろしければ応援お願いします!いただいたチップはクリエイターとしての活動費に使わせていただきます!

この記事が参加している募集