【愛でも喰らえ】#20 「いさめますか 道ときますか さとしますか」
目の前には淡雪のようなたっぷりの丸いかき氷が燦然と輝いている。
ルビーレッドのシロップをふんだんにかけ、雲のようなクリームの上には苺が愛らしくのっていた。
詩乃は初めてオシャレなかき氷というものを一口食べてみた。
フワフワの氷はすぐに溶けて、苺シロップと生クリームがまるでショートケーキのように絶妙な甘みが絡み合う。
「最高……!」と目を閉じて感動をしまう。
本当なら大盛り上がりで撮影したり、顔がニヤけてしまうのだが、可愛いかき氷の奥には、ニヒルな笑みを浮かべた暑苦しいトサカ、小藪がいる。
しかも、トサカも同じかき氷を注文しているではないか。
詩乃が注文した時、「俺もそれにしよっと」と言われすぐに違うものに変えようと思ったが、時すでに遅しで店員さんは調理場に下がっていってしまった。
トサカとお揃いの苺クリームかき氷なんて、カップルと思われたら嫌だ。
「あーー、うまっ!も、最高、これ最高。やっぱ夏はこれだわ」
小藪は首を振りながら夢中で呟き続けた。
「作品は何を作ってるの?」
詩乃は小藪に尋ねた。忍々モノだということは知ってるが素知らぬ風を装う。奢ってもらっている手前、少しは持ち上げておこう。
「忍者モノです。僕、山田風太郎が好きで。中学の時からあたためてた話をここで出してやりたい、と」
「中学?その時から作家になりたかったの?」
「漫画家になりたかっんすけど、絵が下手ですぐ諦めました。漫画家って絵も話も作れなきゃいけないでしょ、あいつらハンパないすよ」
氷が効いてきたのか、フー、と目を瞑り息を吐きながら続ける。
「読書は好きだったんで小説でやれないかなって試みた時に逸見社の新人賞で入賞して。俺、こっちの方だったんだなって」
「入賞作も忍者モノ?」
「ま、プロトタイプってやつです」
低い声で自信満々のニヤリ、をみて少し寒気がしたが、単純に「作りたいもの」に対して中学の頃から努力を続けてきた根性には恐れ入った。
「北川さんに負けた時の作品はそれからもう少し手を加えたもので、編集長が『勿体無いから』ってびっちり打ち合わせしたんです」
「結果的に負けてよかった。あとで粗がどんどんわかったから。あのまま連載してたら全然読まれず落ちこぼれてたでしょうね」
なんと応じていいのかわからない詩乃に、小藪は続けた。
「編集長と意気投合しちゃって、数日打ち合わせやって。俺、空手やってたんすけど、編集長って柔道の黒帯なんすよね。担当さんも気功してんすよ。技についても教えてくれました」
「へえ、空手なんてすごいじゃない」
「いや、俺のはヘボいです。単に小説の技の動きを体感したかっただけなんで。自分でやってると間合いや型の空気がわかるじゃないですか。身体でつかめれば活字に落とし込みやすいんで」
小説のためにそこまでするのか、と感心した。よほど本気なのだ。
「編集長と打ち合わせを重ねたおかげでどんどんイメージが膨らんで、キャラクターも最高のものが出来ましたよ。近々告知出来るのでヨロシクです」
ハイハイヨカッタデスねーと彼なりの際どいマウント取りに呆れつつも、長い年月をかけて自分の作りたいものを熟成し続けてきた小藪を羨ましく思った。
嫌味ったらしい奴だが、作りたいものに対する誠意は強く感じる。
「あ、そうそう、北川さんの連載読みましたよ。霊媒のやつ。感想聞きたいですか?」
「いいです、どうせつまんないって言うんでしょ」
「ええ。なんか、無理して書いてる感が読みとれました。北川さんて、ユーレイとか本当は興味ない方でしょ」
「うん。住んでるところ事故物件だけど全然平和ですよ。幽霊より生身の人間の方がずっと怖いと思います」
「そーいうの、出ちゃってるんだな。読者に合わせようとしているのが。文章はすごく上手くなってますけどね」
「そう言ってもらえたら嬉しいよ。文章上達したかったから。やしろ先生にも教えてもらってるの」
小藪の手が止まった。
「え?」
「ほら、『蓄獣病院』の」
「やしろ先輩と知り合いなんですか?」
「うん。すごくいい人だね。おっとりしてて博識だし」
「いや……それは…………」
小藪は目を逸らした。
「どうしたの?」
「………………」
暫く考えこんでいたが、真顔で詩乃に伝えた。
「あんまりあの人とは密にならん方が身のためですよ」
「は?どうして?全然いい方だよ?」
「それは……うーん……難しいな……ま、北川さんがいいって言うんならそれ以上は言いません。俺は無理だな」
詩乃は自分が感じたのと同じようにやしろに対するコンプレックスをトサカも持っているのかな、と思った。
最後は二人とも頭が痛くなりつつも、かき氷は空になった。
「ま、せいぜい頑張ってください。きっと倒すんで」
「ハイハイ。今日はご馳走様でした」
「あ、SNSで北川さんとかき氷食ったこと書いていいすか?」
「ええ、どうぞご自由に」
小藪と別れて、腹ごなしに一駅分歩いた。
帰宅後、雨が来る前に乙女さんのお散歩に行こうとしたら、携帯がなった。
恩田からだ。
「早めに『SODA』の原稿送ってくださって有難うございました!北川さんのボアのお話、藤岡紅緒先生が大笑いしてましたよ、面白いって!」
「ええっ!あ……ありがとうございます……ッ」
まさか藤岡先生が……詩乃にとって雲の上の存在であり、この世に本当に存在しているのかと疑うくらいの大作家に自分の作品を読んでもらえて、しかも笑ってくださるなんて信じられないことだ。
「もしよかったら『気になる生き物』で連載しませんか?動物病院のことや、北川さんが親しんだ動物をエッセイで書いて頂けると嬉しいんですが」
「書きます!有難うございます!」
思いもよらぬラッキーだ。動物のことならいくらでも思い出がある。
「ええっと、それでですね…………」
恩田は暫し口篭った。
「はい?」
「『movement』の連載の方ですが、今三回分まで原稿をいただいております。有難うございます」
恩田は言いにくそうに、しかしはっきりと電話口から伝えた。
「申し上げにくいのですが、実はあまり評判が良くなく……次の四回目で終了、ということになりました」
(次回)
(マガジン)
