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【愛でも喰らえ】#10 「そと秘めし 春のゆふべの ちさき夢」


 GW中、予定がない。

 ひとり者の淋しいところである。

 凪琉ちゃんは家族で熱海旅行と言っていた。介護をしているお義母さんの思い出の土地とのことで、無理のないスケジュールで遊んでくるらしい。

 動物と遊びに行こうにも、乙女さんはドッグランが苦手なのだ。
 
 試しに連れて行った時、周囲のワンさんのはしゃぎっぷりに気圧されフリーズしたままだった。そして、「もう……いいです……」と言わんばかりに詩乃に擦り寄り、潤んだ瞳で帰りたいアピールをするのだった。
 アクティブな場所より家やドッグカフェのようなゆったり過ごす方が安心するようだ。

 美術館や博物館も、GW中は凄まじい混雑になる。

 紺野さんのことを想うと、いっそう寂しさがつのった。
 クリスマスやお正月、そしてGW中は会いたい気持ちが強くなるが、現実的に会うことは難しい。
 紺野さんには子供はいないということは聞いている。だから、連休やイベントは奥様やご家族と過ごしているのだろう。けして相手の一番にはなれないことは覚悟の上で好きになったのだから、我慢するのは当然である。その現実に相対する度に、ドップリと大きな黒いトンネルが詩乃を丸ごと包み込む。

 こうなったらフリーランスらしく皆が働いている時に休み、休んでいる時に働こう、と決めていつもと変わらずに執筆に集中して過ごした。

 やしろ梓と知り合いになれてよかった。

 今まで怖くて到底力及ばぬ見えない敵だった存在が、自分と同じく悩みながら進んでいる生身の作家ということがわかり、ホッとするとともに共感することが多かった。

 やしろのSNSも、ほのぼのしている。

 先日購入していたカモメのトートバッグを写真にあげていた。お散歩コースで公園に咲いたバラや、道端のツユクサを撮影していて、身近な日常を大切にされている方なんだ、といっそう好きになった。

 ネガティブなことはもちろん、意見や感情を吐露する発言はなく、感動した本の紹介や好きな作家について呟くくらいである。綺麗な使い方だと思った。さすがフォロワーも多い。

 そんなやしろ先生と、一緒に連載出来るのは光栄なことだ。技術が及ばないのは周知の如く。それならやしろ先生に色々教えてもらう気持ちでやってゆこうと思えた。

 そして失礼なあいつ、小藪宗介のSNSも発見したのでついでに見てやった。

某出版社のミーティングに参加。
コワイやしろ先輩にもご挨拶できました。
面白い企画が今年出るので、吾輩も楷越ながら参加します。
倒したい相手にも宣戦布告ゥ!編集長が推してくれてる作品の書き直し、引き続き身を引き締めて頑張りまっす!

4月29日 19:36

 コワイやしろって。アンタの方が余程おどろおどろしいわ、トサカめ!

 宣戦布告ゥとは、あの時のことを言っているのだろうか。

 詩乃は脂ぎった男のニヤァと勝ち誇った笑みを思い出し、イライラしてきた。編集長にも推されてる俺、とわざわざアピールするところが小者感を漂わせているではないか。そして、こんな奴に限って「頑張っている俺」を暑苦しくアピールしまくる。

二稿目終了!一文字一句、念を込めて編み上げました!一区切りついた後の酒は美味いだろうなあ。呑めないオイラはあつ森しまっす!

4月18日 01:16


神護寺の桜を見に行きました。拙作にも登場するので取材がてら。主人公たちはどのような想いで桜を見ていたのか……早く世に出してやりたいっす。忍々。

3月27日 17:22


出版社に出向き、担当さん、編集長と打ち合わせ。思った通り、好評でした!!忍々!!串揚げ屋さんでご馳走になり、一杯。(オイラはウーロン茶ね)いい夜でした!

3月18日 23:48

どんどんキャラが動いてくれて、一稿目が終わりました!バキバキっす!集中を途切れさせたくなくて、三日間詰めてました。自分でいうのもアレですが、前作より何倍も面白くなりました!まずは、寝る!!

3月12日 18:08

残念無念。連載は勝ち取れませんでした!いいところまでいって、一票差で敗れたそうです。編集長から丁寧なアドバイスを頂き、同じテーマでもう一回書き直しみて貰えることになりました!温めていたキャラや世界がもっとぶっ飛ぶように喝!待ってろよ、下剋上movement!

2月9日 20:12


 忍やら下剋上やら、いかにもコイツが好む不穏なワードだ。
 エクスクラメーションマーク多めの異様な熱っぷりに侵され、ついつい一年分遡って読んでしまった。二十分をコイツに費やしてしまったことに詩乃はうめいた。これではコイツの百二十五人のフォロワーと同じである。

「せいぜい頑張ってくれ……トサカよ」

 詩乃はトサカを仮想敵として捉えることにした。コイツには負けたくない。次会い見える時があったら、スマートに言い返してやる!と肝に銘じた。

 トサカもGW中執筆をしていると思うと、詩乃も異様な馬力がでて、いい集中度で連載三回目の執筆が進んだ。

 せめて美味しいものを食べようと、乙女さんのお散歩の前に北千住に行こうか悩んでいるところだった。

 ヴーと携帯が鳴る。

 凪琉ちゃんかな、近いうちに会いたいな、と思ってみると、紺野からであった。

 「………………ッ」

 メッセージがくる度に、ドクっと血が逆流するような鼓動が鳴る。

 恐る恐る読むと、


「明日の四日から五日、一泊で八ヶ岳に行きませんか?」

「ふえっ?!」

 突然の誘いに腑抜けた声が出た。
 急いで返信を打つ。

「ご家族の方は大丈夫なのですか?」

「八日までフィレンツェに行っています」

 ふぃ、フィレンツェ……さすが優雅だなあ。共働きなんだろうな、と思いつつ続きを追った。

「私は六日から北海道の取材に同行しなければいけないので、四、五日しか空いていないのですが急なので都合が悪ければ構いません」

 詩乃の心は決まっている。

「行きます」

「一年に二回くらいしか利用しない隠れ家みたいなところなので、チャップリンや乙女さんを連れてきても大丈夫です。お散歩するにはいい所だと思います。八ヶ岳はまだ寒いので、冬服と防寒服を持ってきてください」

 詩乃は大慌てで押入れからセーターやダウンを引っ張り出した。
 いつも会うのは数時間なので、初めての一泊旅行は嬉しさを通り越して緊張する。

 紺野が初めての相手である詩乃は、今まで好きな人と旅行やデートのようなことをしたことがない。
 四十路前の胸に少女のような鼓動がトクトクと鳴り続ける。ええっと、服と、二匹のご飯と移動用キャリー……


「ああッ」

 詩乃は手持ちの下着が使い古したものしかないことに気づいた。詩乃くらいの年になると、お腹すっぽり綿パンツが安心する。これを履いてしまうと、もう化繊のレース下着には戻れない。


 これでいくか?許されるのか?
 いいや、ダメだ!!


「ぱ……パンツ買ってこよう!」


 どかどかと五反野のスーパーに入っているコルモピア目指して出てゆく詩乃を、居間で寝ていたチャップリンは耳をピクつかせ、「うるさいよ」と言いいたそうな睨み顔で眺めていた。



(次回)


(マガジン)


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