【愛でも喰らえ】#12 「血ぞもゆる かさむひと夜の 夢のやど」
一面の田園風景から、山に入る麓の小屋の前で車は停まった。
「鍵をもらってきます」
近辺の別荘の鍵を預かっている場所らしく、紺野はすぐに戻ってきた。
山を登ってゆくにつれ樹相も変わり、白樺やカラマツ、ミズナラが繁る中に、点々と邸宅やログハウスがみえる。
これがもっと標高が高くなるとシラビソやダケカンバといった針葉樹林に変わるという。
詩乃は照葉樹林の中で育ってきたので、ブナやミズナラの広葉樹林の静的で涼しげな森林に憧れていた。
窓を開けて空気を吸うと、都会とは明らかに異なるひんやりとした清気だ。空気が綺麗とはまさにこのことか、と思った。
ある小さなログハウスの前でミニバンは停まった。
「お疲れ様。ここです」
年季の入ったログハウスだ。周囲を囲む廊下には長い不在を表すかのように枝木がバラバラに落ちている。
「まずはここ、片付けないとなあ」
と鍵を開ける紺野に尋ねた。
「紺野さんの別荘なんですか?」
「元々はお世話になった作家さんのものです。ご老体で避暑も行けなくなったので、譲ってくれました。管理費込みで。さ、どうぞ」
中に入ると、ログハウスらしい香ばしさと爽快さが混ざり合った樹木の香りに満ちていた。
杉だろうか。詩乃は深く深呼吸した。
正面の大きな窓は一面森林の風景だ。ちょうど日が上がり窓辺から冬のようなまろやかな懐しい光が差している。
部屋の右手に薪ストーブがあり、天井は高くロフトになっていた。
「冬」「ログハウス」「窓辺」と画像検索すると出てくる光景そのものである。
トイレを終えた乙女さんは、ログハウスに入ると最初は戸惑っていたが、すぐに慣れてリビングや寝室を探検し始めた。
壁に備え付けられている棚には、紺野が言っていた「作家さん」であろう男性が家族らと共に写真に写り飾られている。中にはコリー犬と一緒の写真もある。みんな優しい笑顔に満ちていた。
ここでたくさんの思い出を紡いできたんだ……と思うと感慨深い。紺野さんが写真を仕舞わずに飾ったままにしているのもわかる。
しかし、別荘地は驚くほど寒い。
まるで一月のような冷え込みだ。数時間前まで初夏の日差しの中にいたことが嘘のようである。
紺野は車から荷物をバルコニーに運び、背を伸ばしながらため息をついた。
「いやあ〜疲れた!まずはお茶で一息つきますか」
「あ、私淹れますね」
「詩乃さんは休んでて。お客さんですし」
「では、ストーブ付けていいですか?」
「お願い出来るかな?」
紺野は煙突のコックを開けた。
やった!詩乃は森の暮らしあるあるの「暖炉の風景」に憧れていた。親戚の家も薪ストーブだったので付け方はある程度わかる。
ログハウスの脇にあるログラックから乾いた薪を選び持ってくる。
部屋中の扉が閉められているのを確認して、まず太い薪を二つほど平行につめる。それを土台にし、中、小の薪を井型に慎重に組んでいった。この形は炎がまわりやすい。最後に上にキューブの着火剤を置き、チャッカマンで灯す。
炎は勢いよくあがり、詩乃は耐熱グローブをつけ頃合いを見計らって薪を焚べた。
「あ、上手いですね。空気が入ってる」
紺野はベッドルームから毛布を持ってきて詩乃に渡した。
時々小枝を加えたり、火挟で薪の位置をずらして火が全体に回るようにバランスを取る。この時の火の扱い方が難しい。毎日薪ストーブを扱っていないとコツは掴みづらい。
炎が落ち着いてきたら、ホッと一息つく。
もふんもふんの毛布にくるまり乙女さんを抱きしめて薪の火を見つめていると、ぼうっとしてきた。現実と夢の間に寝そべっているかのようにゆるゆるして心地がいい。
薪の感触を確かめて、炎の揺らぎを見つめ、パチパチと軽やかに弾ける音を聴きいていると、まさに五感を使って寛げる天然の暖房機だとつくづく思う。一度つけると数時間はポカポカだ。
「どうぞ」
差し出されたマグカップのお茶をフーフーと息を吹きかけてゆっくりと飲む。
心地よい甘さが鼻をくすぐり、冷えた喉を包むようにあたたかく潤した。
ハニーブッシュティーだ。薪ストーブの火の揺らぎがお茶の表面に映り樺色のシルエットがめらりめらりと揺れている。
熱くなってきたのか、乙女さんは詩乃から離れ部屋の隅や、玄関口を周り、ベランダに面したソファの上が居心地がいいことを発見し、こてっと寝そべった。緊張が解けて疲れたのかもしれない。子供のような表情で目を瞑っている。
部屋中が微睡の中にあった。
「私も少し休もうかな。午後から牧場に行こうか……」
飲み切ったマグカップを受け取ろうとした紺野の腕を掴んだ。
詩乃の影が紺野に近づき触れた。
暫くして離れると、
「…………それでは目が覚めてしまう」
弱目の紺野が詩乃の顔面すぐで微笑み小声で呟いた。
「いいえ。休んでて下さい」
紺野の首筋に唇をつけようとしたら、男の手がセーターをはだき、直に背筋を下から上へと撫でた。
「…………ッ」
詩乃は感じてしまい息を吐き、腰の下から身震いをした。
すぐに耳と首筋に愛撫する男の息がかかる。
「…………ッ………………」
堪えている耳元で男は囁いた。
「声をあげて下さい」
男は詩乃のこめかみを愛撫しながらジーンズのボタンを外し、ファスナーを下げて、湿った陰裂を大きな手で抱え込むように中指で撫でた。電流が走る快感とともに大きな安堵感に包まれた。
詩乃は鬱蒼とした、それでいて恍惚を秘めた揺らぎの中を彷徨った。
わたしは紺野さんを……
この人を。
この男を。
死ぬまで求め続けるだろう…………
痙攣と快感で流れる涙を吸う唇も、一途で淋しげな眼差しも、愛液を舐める舌の熱い感触も、喘ぎ声を聞く耳殻も、押さえつける汗ばみた大きな手も、わたしのほとの奥で溶けてゆき、麻痺をしうち震える魔羅も。
この男が残した跡形を、身体はひとつひとつ刻印を打たれるように全て覚えているだろう。
あの雨の夜。
悪魔のように囁き、唇を吸い、凍土のように固まっていた臍を溶かし破瓜したこの男を━━
(次回)
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