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【ぷち探索✊ ̖́-その2】荻原井泉水のいた橋畔亭はどこだ|'ω' ))!?

前回の記事から、エックスのほうでいろいろな方から情報を教えていただきまして…!おおよその位置が分かったので、ぷち探索の続きをしてきました。この場を借りて、ご協力いただきました方にお礼申し上げます。本当に一人じゃ詰んでました。

※結論から申し上げますと、めちゃくちゃ住宅街でした。なので、写真にある程度モザイク処理をしております。見にくいところがあると思いますがご了承ください。また何か問題ありましたら教えてください。

目星をつけられた場所まで

剣神社を目指す

スタートは前回と同じ東福寺駅から!ここから剣神社のあたり、「円通橋」があったであろう場所を目指します💪🏻

行くぞ~

東福寺駅を出て、右手に行きます🚶‍♀️

👇google mapおよび、マッピンの地図を引用して、おおよその道順です。

この15分のほうの道順です。
マッピンより
前回まっすぐ行ったところを左へ。
↑坂を上ったところに萬寿寺。
ここから先は、商店街沿いにまっすぐ
進むので分かりやすいです。

現地にて散策

剣神社の付近にて⛩

下の地図を参考に、見てきた写真を照らし合わせながら進めます!
また併せて、井師が描いてた地図も参考に。

剣神社到着。この先に進むと、①の場所にたどり着きます。

①は円通寺橋になります。

通りから逸れた場所で細い道です。さらに緑が生い茂ってますね
ちゃんと名前残ってた
この道は参道。先に進むと泉桶寺に続く(はず)
そして京都一周トレイルの一部でもある。
引きでみるとこんな感じ

では②のあたりへ。井師の地図を信じるならば、このあたりに橋畔亭があったことになります。
剣神社から婉曲した道の先のようなので…👇

たぶんこのカーブの先になる

と、なるとなんとそこには普通にアパートや一軒家が建っていました。ので、個人宅パシャパシャ撮るわけにもいかないので、ここらへんかあ…。と思いながら歩いてきました。

ちなみに、道を挟んだところに森っぽいところも
きっと時代の流れで昔と大きく変わったんだね

一応…もしそこに橋畔亭があったのであれば、③の方向を見ると円通寺橋始め、泉桶寺のほうを臨む形にもなりました。

結論

橋畔亭の名残は、悲しいことに一切なし
そりゃ人が住めるように、きっといろいろ整備されてきたんだろうな…とは思うけれど…。本当に跡形もなしッッッ‼悲しい…。そう思うと、天得院さんのほうで、井師のお墓が残っているの、ありがたいことなんだね。

でも、円通寺橋やその先の参道なんかはトレイルコースの一つとして残されていて、だからここまで辿りつけたんだと思います。

見てる景色は違っても、歩いてる道はもしかしたら同じなのかもしれない。そんなふうに思うと、放哉先生や井師が生きてた時代とちょこっとつながってる気がして嬉しくなる…☺️

せっかくなので、剣神社のほうも参拝してきました。

圓通寺橋について

エックスのほうで、川はあったけど(一ノ橋川という名だったらしい)暗渠化してしまったらしい、という情報をききました。

橋の上から見た様子
かすかに水の音は聞こえる
となると、川こんな感じ?

と思ってネット検索してたら、ここら辺の暗渠化についてまとめていたものもありましたので共有。鴨川に通じていたらしい。

歩きながら今回思ったのが、一人だから現地でも得られた情報を照らし合わせながら、これでいいんか…⁉の問いに一人でうなずくしかない…!🥺なので、教えていただいた情報を上手く生かしきれたのか不安なところはありますが、今回の探索結果でした!あまりに暑くて🫠一人で汗だらだらだったので、今度は別の機会を作って泉桶寺のほうにも歩いて行ってみたいと思います!!

☆おまけ☆

鳥辺野のあたりまで

ちょっと先まで行ってみるか🤔

澤正
こちらはフォロワさん情報で行ってみたのですが、予約オンリーとのことでした。

ネットですごくおいしそうな写真見かけたので、
泉桶寺のあたりいったときに食べてみたいな

圓通庵
こちら清少納言の住まいであったとか。

鳥戸野陵参道
定子さまのゆかりの地だって~~~~⁉と思い、入り口までは行きました。階段を見て心が折れたので、またの機会に来たいと思うし、ここ行くならもっと予備知識つけてから行こうと思います。

👇詳しくまとめてくださっている記事見つけて拝見しました…!ありがとうございます!

ちなみに、今回帰りは(東福寺の駅まで歩くのも暑くてめんど…疲れたので)バスにのって京都駅まで戻りました(15分ちょい)🚎

ここまで読んでくださってありがとうございました!!実際に行って調べるのもたのしーーーー☺️!!!

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