なぜ、優秀なプレイヤーが管理職になると組織を壊してしまう例が起こるのか
トップ営業だった人を、営業マネージャーに引き上げた。誰よりも成果を出していた人だから、チームを任せれば、もっと大きな成果が出るはず——そう期待したのに、結果は逆。チームの空気は悪くなり、メンバーは萎縮し、離職が増え、気づけば、その人がプレイヤーだった頃よりもチーム全体の数字が落ちている。
不思議なのは、これが「ダメな人」ではなく、「優秀な人」ほど起きることです。能力の低い人が管理職になって失敗するなら、まだ分かります。けれど、現場で誰よりも結果を出していた人が、管理職になった途端に組織を壊す。この逆説は、偶然ではありません。めちゃくちゃよくある例。プレイヤーとして優秀だった理由そのものが、管理職としては機能不全の原因になる——そういう構造があるのです。
この記事では、優秀なプレイヤーが管理職になると組織を壊してしまうメカニズムを、3つの認知の罠から説明し、それぞれにどう対処すればよいかを示します。問題は本人の人格でも能力でもなく、優秀さがそのまま持ち込まれることにあります。
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1.「できない人」の気持ちが、分からない
優秀なプレイヤーが最初につまずくのは、「教えること」と「任せること」です。自分は当たり前にできることが、なぜ部下にはできないのか、理解できない。
これは、キャメラー(Camerer)らが1989年に知識の呪い(Curse of Knowledge)というフレームワークで説明しています。具体的には、知識やスキルを持つ者が、それを持たない他者の視点を想像できなくなる、という認知バイアスの一種です。一度できるようになると、「できなかった頃の自分」を再現できなくなり、説明から無意識に多くを省いてしまう。
優秀なプレイヤーほど、この呪いは強くかかります。
彼らにとって、成果を出す手順は、もはや言語化するまでもない「呼吸のようなもの」です。だから部下に教えるとき、暗黙の前提や勘所をごっそり飛ばして、「こうやればいいだけだよ」と言う。本人は丁寧に教えたつもりでも、部下には肝心なところが伝わっていない。そして、できない部下を見て「なんで…」と苛立つ。さらに、任せても自分の期待どおりにならないため、「自分でやった方が速い」と仕事を巻き取ってしまう。優秀さゆえに、教えられず、任せられない。これが、チームが育たず、本人に仕事が集中していく出発点です。
対処法としては、「自分の当たり前は、相手の当たり前ではない」を構造的に補うことです。
具体的には、伝えた後に「何を理解したか、自分の言葉で説明してもらう」確認(リピートバック)を習慣にする。指示をするときは、「結論だけでなく、なぜそうするのかの理由と、具体例」をセットで渡す。自分の暗黙知を言語化する助けとして、新人や経験の浅いメンバーに「どこでつまずいたか」を率直に聞き、説明の仕方を改善し続ける。優秀な人が良いマネージャーになる第一歩は、「自分には見えていない壁が、相手には見えている」と知ることです。
2.部下の不振を、「能力ややる気のせい」にして詰める
次につまずくのが、部下の評価と関わり方です。成果の出ない部下を、優秀なプレイヤーほど厳しく裁いてしまう。
なぜこのような扱いをしてしますのか。
リー・ロス(Lee Ross)が示した基本的帰属錯誤(Fundamental Attribution Error)を使って説明します。これは、人は、他者の行動の原因を、状況や環境ではなく、その人の性格・能力・やる気といった内的要因に過大に帰属する傾向があるという理論です。
優秀なプレイヤーは、自分自身の成功を「自分の努力と能力」で説明してきました。その自己基準を、そのまま部下に当てはめます。すると、部下が成果を出せないのは「能力が足りない」「やる気がない」からだ、という解釈になる。本当は、情報が共有されていない、役割が曖昧、優先順位が混乱している、といった状況要因が原因かもしれないのになかなかそこまで考えが至らない。
「自分はできたのだから、できないのは本人の問題だ」と。
こうして、優秀なマネージャーは、部下を「詰める」方向に向かいます。
原因を本人の資質に帰属しているので、解決策も「もっと頑張らせる」「気合いを入れる」になり、環境を整えるという発想が出てこない。詰められた部下は萎縮し、心理的に追い込まれ、ますます力を出せなくなる。優秀な人の高い基準が、部下を育てるのではなく、潰す方向に働いてしまうのです。「なぜできない」という問いは、本人を責めるだけで、何も解決しません。
対処法は、原因を問う順序を、「人」から「状況」へ変えることです。
具体的には、部下のパフォーマンスが上がらないとき、最初に問うのを「なぜやらないのか(人)」ではなく「何が、それを難しくしているのか(状況)」にする。例えば、評価や振り返りの場で、「本人の特性を語る前に、環境要因を3つ挙げる」というルールを自分に課す。自分が成果を出せたときに、どんな環境・支援・タイミングに恵まれていたかを振り返り、その条件が部下にも揃っているかを確認する。能力で裁く前に、構造を整える。これが、人を潰さないマネジメントの土台です。
3.「自分がやれば」と抱え込み、部下の自律性を奪う
最後のつまずきです。優秀なプレイヤーほど、すべてを自分でコントロールしようとして、チームのボトルネックになる、という現象です。
これを説明するのが、エレン・ランガー(Ellen Langer)が1975年に示したコントロール幻想(Illusion of Control)です。実際にはコントロールできない事柄に対して、「自分の行動で結果を変えられる」と過大に見積もる傾向のことを言います。これは最も組織や個人に対して強い悪影響を与えると言われています。
優秀なプレイヤーは、これまで「自分が手を動かせば結果が出る」という成功体験を積み重ねてきました。その感覚を、管理職になっても手放せません。部下に任せた仕事も「自分が見ていないと心配だ」と細かく介入し、最終的には巻き取る。あらゆる意思決定を自分に集中させ、自分が確認しないと物事が進まない体制を作る。本人は「責任感」や「品質へのこだわり」のつもりですが、実態は、コントロールへの過信です。
この弊害は二重にあります。
ひとつは、本人がすべてのボトルネックになり、チームの処理能力が「マネージャー一人分」に縛られること。もうひとつが、より深刻で、部下の自律性が奪われることです。手段まで細かく管理され、自分で決める余地がないと、部下は「指示待ち」になります。自分で考えて動く経験を積めないため、いつまでも育たない。またどうせXXさんが決めるだろうから、と思ってしまう。こうして、優秀な一人に依存し、他の全員が受け身になったチームが出来上がる。その一人が倒れれば、組織はたちまち回らなくなる。優秀なプレイヤーの抱え込みは、短期的には成果を支えても、長期的には組織を脆くします。
対処法は、「自分でやる」から「人を通じて成す」へ、役割の定義を切り替えることです。つまり、マネージャー、管理職の仕事はプレイヤーと役割が違うのだ、と心底理解した上で、そういった仕事ぶりになるような仕組みを作ることです。
具体的には、自分がコントロールできること・できないことを切り分け、できない領域(部下の判断、現場の細部)は意図的に手放す。指示の粒度を「手段」ではなく「目的と任せる範囲」にとどめ、手段は本人に委ねる。そして、任せた仕事が多少自分のやり方と違っても、結果が基準を満たせば良しとする。マネージャーの成果は「自分がどれだけやったか」ではなく「チームがどれだけ成したか」で測られる——この評価軸の転換を、本人にも組織にも明示することが要です。
おわりに——優秀さは、持ち込み方を変えなければ「凶器」
優秀なプレイヤーが管理職になって組織を壊すのは、本人がダメだからではありません。プレイヤーとして優秀だった理由——高いスキル、高い自己基準、自分でやり切る力——が、無自覚なまま管理職に持ち込まれるからです。知識の呪いによって「できない部下」が分からず教えられない。基本的帰属錯誤によって部下の不振を能力ややる気のせいにして詰める。コントロール幻想によって抱え込み、部下の自律性を奪う。優秀さが、そのまま機能不全の原因に転化するのです。
逆に言えば、これらは認知の罠なので、自覚と設計で対処できます。
自分の当たり前を疑い、原因を「人」より「状況」に問い、「自分でやる」から「人を通じて成す」へ役割を切り替える。優秀なプレイヤーがダメなマネージャーになるのは必然ではありません。必然になるのは、プレイヤーの強みとマネージャーの役割がまったく別物だという事実を、誰も本人に伝えず、移行を支えないときです。優秀な人材を活かすには、抜擢して終わりではなく、役割の転換を意図的に支える仕組みが要ります。
優秀な現場人材をマネジメントへ移行させる際の、つまずきの予防と支援の設計を、一緒に組み立てることもしています。まずは現状の組織課題を相談したいという方は、以下のいずれかにご連絡ください!
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さらに深く知りたい方へ
Camerer, C., Loewenstein, G., & Weber, M. (1989). The curse of knowledge in economic settings. Journal of Political Economy, 97(5), 1232–1254. ——知識の呪いの原典。
Ross, L. (1977). The intuitive psychologist and his shortcomings. Advances in Experimental Social Psychology, 10, 173–220. ——基本的帰属錯誤の原典。
Langer, E. J. (1975). The illusion of control. Journal of Personality and Social Psychology, 32(2), 311–328. ——コントロール幻想の原典。
