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【書籍】停滞感を打破する「行動変容」のススメ ―『自分を変える89の方法』を人事視点で読み解く

 スティーヴ・チャンドラー著、桜田直美訳『自分を変える89の方法』(株式会社ディスカヴァー・トゥエンティワン、2013年)を拝読しました。

 本書は、人生における停滞感や無力感を打破し、自らの力で理想の自分を創造していくための、具体的かつ実践的なメソッド集です。著者のスティーヴ・チャンドラー氏は、自身のアルコール依存症克服という壮絶な体験から、人が変わるための普遍的な真理を導き出しました。
 それは、「やる気になったから行動するのではなく、行動するからやる気が出る」という、一見逆説的でありながらも、私たちの思い込みを根底から覆すパワフルな原則です。本書は、この中心的な考え方に基づき、思考、行動、習慣、人間関係など、多岐にわたる側面から自分を変えるための89のヒントを提示しています。

モチベーションの源泉を「外」から「内」へ切り替える

 多くの人は、モチベーションを高めるためには、何か特別な出来事や外部からの刺激が必要だと考えがちです。しかし著者は、それでは過去の経験の延長線上にある「改良版の未来」しか描けないと指摘します。過去の成功体験や失敗体験という「自分自身という箱」の中から答えを探そうとすると、新たな可能性は閉ざされてしまいます。著者は、臆病な自分を変えるためにアルコールの力を借りた結果、依存症という悪夢に陥った経験から、過去のやり方に頼ることの危険性を痛感しました。

 本書が提唱するのは、自らの意志で行動を起こし、内側からエネルギーを生み出す「セルフモチベーション」の技術です。火が火を生むように、行動が次の行動を、そしてやる気を生み出します。この事実に気づくことこそが、他人や環境に振り回される人生から脱却し、自らが人生の創造主となるための第一歩であると、本書は力強く説いています。

「なりたい自分」を創造する思考と行動の技術

 では、具体的にどう行動すればよいのでしょうか。本書は、まず「なりたい自分のビジョンを描く」ことの重要性を強調します。アーノルド・シュワルツェネッガーがハリウッドスターになるという目標を立て、既になったかのように振る舞ったエピソードを紹介し、明確なビジョンが行動の原動力となることを示します。重要なのは、そのビジョンを「ウソ」や「ファンタジー」から始めても良い、と捉える柔軟さです。「最高の自分」を想像し、その自分を演じることで、やがてその演技が本物になっていくのです。

 また、行動へのハードルを下げるための心理的なテクニックも豊富に紹介されています。例えば、大きな仕事に取り掛かるのが億劫なときは、「あえてへたにやる」「のろのろと取りかかる」ことを自分に許可します。完璧を目指すあまり行動できなくなるのではなく、どんなに小さな一歩でも、どんなに不格好でも、とにかく「始める」という事実そのものが重要だと説きます。この「行動第一主義」は、本書全体を貫く核心的なメッセージと言えるでしょう。

思考の習慣を意識的にデザインする

 私たちの感情や行動は、無意識の「思考の習慣」に大きく影響されています。著者は、バスケットボール選手が利き腕ではない方の手でドリブルを練習するように、「楽観的な考え方」も練習によって習得できると述べます。悲観的な思考が浮かんだときに、意識的にそれに反論し、ポジティブな側面を探すディベートを頭の中で行うのです。

 さらに、集中力の向け方も重要です。多くの人は「落ちるかもしれない」という不安に意識を集中させてしまいがちですが、それでは失敗の可能性を高めるだけです。本当に集中すべきは「渡りきる」という目標そのものです。ニュースやゴシップといったネガティブな情報から意識的に距離を置く「ニュース断食」や、移動時間を学習に変えるオーディオブックの活用など、脳に取り入れる情報を主体的に選択することで、思考の質を高め、モチベーションを維持する方法が具体的に示されています。

日々の小さな習慣が「自分」という傑作を創り上げる

 本書は、劇的な変化だけでなく、日々の小さな習慣の積み重ねが持つ力を強調しています。「小さな目標を立て必ずやり遂げる」ことで、自分は「やり遂げられる人間だ」という自己評価を実績ベースで築き上げることができます。また、バスケットボールの名将ジョン・ウッデンの父の教えである「今日という日を自分の最高傑作にしなさい」という言葉を引用し、未来の大きな目標ばかりを見るのではなく、目の前の「今日」に集中することの大切さを説きます。

 「1日に2回したくないことをする」ことで意志の力を鍛えたり、自分だけの「儀式」を作ることで行動のスイッチを入れたり、問題に直面したときこそ「すばらしい贈り物」として歓迎したりと、日常のあらゆる場面を自己成長の機会に変える視点が提供されます。これらの方法は、決して超人的な努力を要求するものではありません。むしろ、少しの意識変革と行動で、誰でも実践できるものばかりです。本書は、これら89の方法を通じて、自分を変えることは特別な才能や環境によってではなく、日々の主体的な選択と行動の積み重ねによって可能になるのだという、希望に満ちたメッセージを伝えているのです。

企業人事の視点から本書をどう活かすか

 本書は、個人の自己啓発書として非常に優れていますが、その内容は企業の人事戦略、特に人材育成や組織開発において、極めて重要な示唆に富んでいます。現代の企業が直面する「社員の主体性欠如」や「エンゲージメントの低下」といった課題に対し、本書の原則は有効な処方箋となり得ます。

「自律型人材」育成のバイブルとして

 現代のビジネス環境は変化が激しく、トップダウンの指示だけでは対応しきれません。企業が求めるのは、自ら課題を発見し、考え、行動を起こせる「自律型人材」です。しかし、多くの企業では「指示待ち社員」の多さに頭を悩ませています。本書の中心的なメッセージである「行動がやる気を生む」という原則は、この問題に対する強力なアプローチとなります。

 これには、研修プログラムの設計思想を根本から見直す必要があります。知識をインプットするだけの座学研修から、本書のメソッドを応用した「行動変容」を促すプログラムへと転換するのです。例えば、新規プロジェクトの研修では、完璧な計画を立てさせることよりも、「あえてへたにやる」精神で、まずはプロトタイプを作らせてみる。営業研修では、ロールプレイングの完成度を問うのではなく、「小さな目標を立て必ずやり遂げる」ことを目的に、まずは1件のアポイントを取るという「行動」そのものを評価する。こうした小さな成功体験の積み重ねが、社員の中に「自分はできる」という自己効力感(セルフ・エフィカシー)を育み、主体的な行動を促す土壌となるのです。

マネジメント層の意識改革とコーチングスキルの向上

 部下のモチベーション管理は、いつの時代も管理職の重要な役割です。しかし、多くの管理職が「どうすれば部下のやる気に火をつけられるか」という問いに対し、面談での叱咤激励やインセンティブといった「外部からの刺激」に頼りがちです。これは、本書が指摘する「間違ったアプローチ」そのものです。

 人事としては、管理職研修において、本書の考え方を導入することが有効です。ガンジーの「他人の中に見たい変化を、まず自分が行いなさい」という言葉を引用しているように、部下を「変えよう」とするのではなく、まず管理職自身が主体的に行動する「見本」となることの重要性を説くべきです。また、1on1ミーティングなどの場で、部下の「やる気ボタン」を一緒に探すコーチング的な関わり方を推奨します。単に目標の進捗を確認するだけでなく、「この仕事にゲームの要素を取り入れるとしたら、どうすればもっと面白くなるだろう?」「この問題を、君自身の成長の機会(贈り物)に変えるにはどうすればいいだろう?」といった、本書に基づいた問いかけを実践させるのです。これにより、管理職は部下の「セルフモチベーション」を引き出す真の支援者へと変わっていくでしょう。

ポジティブで挑戦を促す組織風土の醸成

 個人の意識や行動が変わっても、それを許容し、後押しする組織風土がなければ、変革は長続きしません。人事部門は、本書の原則を組織文化レベルで浸透させる役割を担います。

 例えば、「前向きな気持ちになる人と一緒に過ごす」という項目は、組織内のコミュニケーションの質がいかに重要かを示唆しています。人事主導で、他者の貢献を称賛し合う「サンクスカード」制度を導入したり、部署横断でポジティブな情報交換ができる社内SNSコミュニティを立ち上げたりすることも一案です。

 また、「自分の弱点を長所に変える」という発想は、ダイバーシティ&インクルージョンの推進にも繋がります。画一的な物差しで社員を評価するのではなく、一見「弱点」に見える特性(例えば、内気な性格)を「最高の聞き上手」という「長所」として捉え、活躍できる場を提供する。こうした視点が、多様な人材がそれぞれの持ち味を発揮できる、創造性豊かな組織を生み出します。

さ らに、「失敗」に対する考え方を変えることも不可欠です。「あえてへたにやる」「2歩前進したら1歩下がる」といった考え方を組織として許容し、挑戦した結果の失敗を責めるのではなく、そこからの学びを評価する制度を設計することが重要です。これにより、社員は「人目を気にする高校生」のような状態から脱却し、失敗を恐れずに新しい挑戦に踏み出すことができるようになります。

採用とウェルビーイングへの応用

 採用面接においても、本書の視点は役立ちます。過去の経歴やスキル(箱の中)を問うだけでなく、「あなたがこれから描きたい『最高の自分』はどのような姿ですか?」「そのために、今日からできる小さな一歩は何だと考えますか?」といった未来志向の質問を取り入れることで、候補者の主体性や成長意欲を見極めることができます。

 社員のウェルビーイング(心身の健康と幸福)の観点からも、多くのヒントが得られます。「幸せは出発点だ」という考え方は、エンゲージメント向上の本質を突いています。福利厚生の充実といった「結果」としての幸せを提供するだけでなく、社員が日々の仕事の中に喜びや成長実感を見出せるような環境づくりこそが、持続的なエンゲージメントにつながります。
 また、「ニュース断食」や「何もせず部屋で1人静かに座る」といったメソッドは、情報過多な現代におけるマインドフルネスやメンタルヘルスケアの重要性を示しており、企業としてストレスチェックだけでなく、社員が心穏やかに自分と向き合う時間を持つことを推奨する施策(例:瞑想セミナーの開催)なども考えられるでしょう。

 総じて本書は、人事担当者が社員一人ひとりの「内なる炎」を信じ、その可能性を最大限に引き出すための実践的な羅針盤となる一冊です。本書のメソッドを組織全体で実践することで、企業は変化に強く、持続的に成長する生命力あふれる組織へと変貌を遂げることができるはずです。

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